2012年2月21日火曜日

2月20日、看護?/辛子レンコン

2月20日(月) 管理か看護か
妻から病院に対する不満を聞いた。よほど悔しかったのだろう。
車椅子からベットへ自力で戻ったことに対して、看護士から注意を受けたうえ、ベットに柵をされ(左右両側の柵がそれぞれ二つに分かれていて、車椅子⇔ベットへの移動に際しては、その柵の一つを取り外す。医師の許可なく自力で移動をすることを防ぐためと思う)、「錠」をするかのように「注意書きの札」をつるそうとしたらしい。そこまでするのかと止めたらしいが、鉄格子に押し込められたような気がしたのか、よほど悔しかったのだ。涙声で「この病院を出たい」とも言った。
抗議?のためではないが、夕食を食べなかった。

生活の中で、少しでも自立しようとして取った行動に対する看護士の対応が、はたして妥当だったのかどうか。
まだ医師の許可が出ていない行動は、看護士から見れば危険な行動に映るのは当然だろう。立ち上がる時にバランスがとりにく く いつ転倒するかもしれない、しかし本人は、自分で行動しようとしている、今まで何回かは自力行動に成功している。
患者の自発性を尊重するのか、それとも安全性の確保を優先するのか。
この状況の中で、看護士は(周囲の関係者は)どう対応すべきなのかが問われたのだと思う。

午前中にもこの看護士は、「今、時間的余裕があるので、トイレを済ませておこうか」と言ってきた。
妻は、今日午前中、初めての経験1時間半の長いリハビリに疲れて、昼食後の休眠に入ろうとしていた時の出来事だった。血圧も測ると言って測った。
妻は「なぜ看護士の仕事の段取りに合わせて私の生理を合わせなければならないのか」「今までトイレのときに看護士を呼んでいたのは、迷惑だったのか」と憤っていた。

今日起きた一連のことは、患者を「管理する対象者」に見るのか、「看護する対象者」に見るのかーー看護とは何かの本質的な問題があるように思う。
貧困な医療費のため人手不足があったとしても、だ。この看護師の個人的な資質の問題で片付けられない看護のあるべき姿が問われたのだと思う。

妻と話し合った。
この病院の体制、体質と自分の気持ちと、どの辺で折り合いをつけるのか、理想通りにはいかない…結局妻は、「管理されてやる」というところで自分の気持の折り合いをつけたようだ、当面は、これで行く…

これらのことを病院に突きつけようかどうか、迷っているところだ…

■今日はもう一つ、記録しておかなければならないことがある
「こんな体を抱えてどうするの]
「君の手足になるよ」
「……」
「心配せんでも手足になり、新しい人生を歩めばええやん」
「できるの。どんくさいくせに」 (何故か彼女は私をいつも"どんくさい"という。確かにどんくさいと思う、行動も生き方も、不器用でどんくさい…)

「まだまだ行きたいところがあったのに」
「たとえ車椅子生活になってもどこへでも行けるやん。ただし金があれば…」
ともに笑う…

ひとり者の弁当
2月20日 辛子レンコン


《右》 辛子レンコン。竹輪の天ぷら。セロリの柚子胡椒和え。水菜の浅漬け他漬物類。キュウイ。
《左》 自家製ふりかけ。梅干し。水菜と豚肉の煮物。塩鮭(冷凍保存)

※辛子レンコン
①レンコンを金たわしで洗って、茹でて、自然冷却する。②粉辛子をぬるま湯で練り、(冷凍保存していたおからがあったので)おからと卵黄、白味噌をよく混ぜ合わせる。③①のレンコンの穴に詰め、冷蔵庫で立てて5時間ぐらい置いておく。④穴からはみ出してくる辛子を取り除く。⑤やや硬めのてんぷら衣を作って④のレンコンにつける。⑥180度の油で揚げる。

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