2011年10月31日月曜日

10月28日 秋刀魚とジャガイモのカレー炒め

10月28日 秋刀魚の煮物は何度食べても美味い


《右》ジャガイモのカレー炒め(茹でたジャガイモをカレー粉、みりん、酒、醤油でいため 
  る)。鶏のから揚げ(市販)。レタスとミニトマトと黒豆。バナナ。自家製漬物(たくわん、
  らっきょ、生姜甘酢漬け、ミニトマトの塩漬け)
《左》黒豆ごはん(ご飯に茹でた黒豆を混ぜる)。チリメンジャコ。煮秋刀魚。ブロッコリーと
  ミニトマト

この秋、食卓に何度目の出番になる?秋刀魚は庶民の味方、今年は特に安いようだが…まだまだ食うぞ!


10月27日(木) 「冬の便り」と「春の便り」

10月27日(木)木枯らし1号にこだわってみる
今朝は秋の朝だ。昨日は夜中に「冬の便り」木枯らし1号が吹きこの朝一番の冷え込みだったが今朝は気持ちのいい朝だ。ここしばらくはまた暖かい日が続くとの気象予報が出ている。
藻川の朝に遊ぶカモたち

女房とも話したのだが、春のたよりは「春一番」といい、なぜ冬の便りは「木枯らし1号」というのだろうか。


 ネットで調べて見ると、同じような疑問を持つ人が多いと見えて多くの情報が飛び交っている。その中のあるブログに中根修巳さんという方が調べられた結果が投稿されている。

気象庁は「春一番」の語源について、石川県能登地方や三重県志摩地方以西で昔から用いられたという例を挙げ、諸説があるとしつつ、安政年間長崎県壱岐市の漁師が出漁中、おりからの強風によって船が転覆し、53人の死者を出して以降、漁師らがこの強い南風を「春一」または「春一番」と呼ぶようになったと紹介しています。一方、長崎県では、この事件以前から郷ノ浦町で「春一」と呼ばれていたものが、事件をきっかけに広く知られるようになったとしています。
 このように、「春いちばん」というのは、一つの固有名詞になっているのですね。
 これに対し、木枯しについては、気象庁では10月半ばから11月末にかけて西高東低の冬型の気圧配置になったとき、北よりの風速8メートル以上の風が吹くとその風を「木枯らし」と認定する。そして毎秋最初の木枯らしを木枯らし一号として発表しています。
つまり、木枯し1号は気象庁の使い始めた用語で、台風1号と同じ表し方になっているのですね。
投稿者:中根修巳 投稿日:20111027()1146秒』

(中根さん勝手に使って申し訳ありません。)

木枯らし2号や3号はあるのかについては、木枯らしは観測情報ではなく、気象現象であるため気象庁による発表はないのだそうだ。

「枯らし1号」を発表するのは、東京(気象庁)と近畿地方(大阪管区気象台)の2地域に限られいて、30年ほど前から発表が始まったらしい、ということも今回わかった。


どうでもいい様なことにこだわってみるのもまた楽しい。

2011年10月30日日曜日

10月26日(水) 切り落とし肉の豚テキとほうれん草の卵とじ

10月26日(水) 野菜、とりわけ葉物が高い。大根も端境期だから高い。ここにきて大根が出
       回り始めて少し値が下がり始めている。

《上》ほうれん草の卵とじ(フライパンに油をひき、蒸したほうれん草を卵でとじる)※蒸すと 
   いっても蒸し器を使うほど大げさではなく、みそ汁の出汁をとる鍋に網を置き、湯が 
   沸いてきたらその上にほうれん草をのせ、蓋をするだけのことである。)
   自家製サバのへしこ風 ※本当のへしこは、サバを塩漬けしてから、ぬか漬けにするの 
   だが、私が作るのは、塩サバを買ってきて、さらに塩をすり込んでから糠漬けにす
   る。今回は10ヶ月は漬けた)。 ゴマかけ飯。
《下》豚テキ風(豚切り落としを広げ3ー4枚を重ね塩コショウをして焼く)。焼き玉葱とチー 
   ズ。 柿。自家製漬物(たくあん、胡瓜の塩漬け、大根葉の塩漬けゴーヤの甘酢漬け)
 

10月25日(火) ブリ大根と菜っ葉飯


《上》菜っ葉飯(大根葉)、鮭の白子のボンズ和え、万願寺唐辛子とジャコ煮
 《下ブリ大根、焼きリンゴ、自家製漬物(大根塩漬け、ラディッシュの塩漬け、たくあん、ゴーヤの塩漬けと醤油漬け)

10月24日 帰ってきた川鵜

 先日このブログで報告したように、やはり川鵜は帰ってきていた。
魚が増えてきたのだろうか…

 この川鵜たちはどこから来たのだろうか。昼間をどこにいるのだろうか。夜はどこで寝ているのだろうか。やはり昆陽池か?

2011年10月27日木曜日

10月24日 ゴーヤの野菜炒めとごぼうサラダ


10月24日(月)
《右》ゴーヤの野菜炒め(ゴーヤ、玉葱、人参、椎茸、大根葉)※ゴーヤチャンプルではなく。
      自家製漬物  (大根と葉の塩漬 、ラディッシュの甘酢漬け、たくあん)   
《左》大根葉とかえりチリメンの炒め物、ぼうサラダ(ごぼうと人参を細切りし、かるくゆ  
   で、ヨーグ ルトとマヨネーズで和える)                  






芸術の秋の始まり  「マイセン磁器の300年」


1023日  芸術な一日 「マイセン磁器の300年」

 丹波の篠山、立杭に行った。日本六古窯の一つ「丹波立杭焼」で有名だ。

丹波伝統工芸公園・「陶の郷」があるが、今回はその隣にある兵庫陶芸美術館に行くことが目的である。

日独交流150周年記念・国立マイセン磁器美術館所蔵「マイセン磁器の300年」の特別展が開催されている。

私は陶磁器については全くの門外漢だが、美しいものを見て、心の栄養にしたいという思い、人は「美」をどのように表現するのかという興味とで見学に行った。

65歳以上は半額の500円、コープの会員でさらに100円引き、なんと400円で入場できた。
兵庫陶芸美術館




■説明によれば、

世ヨーロッパにはもともと高温で焼く硬質の磁器を作る技術がなく、当時、高温で焼く硬質磁器を作ることができたのが、漢の時代からすでに生産が始まっていた中国の景徳鎮。

東西交易品の中でもとりわけ貴重だった東洋の磁器は、しだいにヨーロッパの王侯貴族たちを魅了し、17世紀には大量にヨーロッパへ渡った。「白い金」と讃えられたこれらの磁器を熱狂的に収集したのが、ザクセン選帝侯兼ポーランド王の「アウグスト強王」(1670-1733)。王の命令下、それまで西洋では謎とされてきた磁器の製法が、錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベットガー(1682-1719)によって解明されると、1710年、ドレスデン近郊のマイセンに王立磁器製作所が設立され、300年にわたるマイセン磁器の歴史が幕を開ける。
 本展では、ベットガーが発明した炻器・白磁にはじまり、東洋への憧れを物語る「柿右衛門写し」や「シノワズリ(中国趣味)」の飲食器、王が夢見た磁器による壮大な宮廷動物園(メナージュリ)、優美なロココ様式や万国博覧会出品の大作から、知られざるモダニズム時代の傑作、さらには現代の作品まで、各時代の代表的な名品が一堂に会します。精緻な手仕事の技を受け継ぎつつ、つねに最先端の美術様式を取り入れてきた、マイセン磁器の歴史の全貌とその尽きない魅力に迫る。とのことだ。

スノーボール貼花装飾ティーポットとカップ 原型制作18世紀中期

メナージュリ動物彫刻「コンゴウインコ
原型1732年、製造 1924-34年頃



《猿の楽団》
原型1753-55年、製造1950-70年代

陶板画「横たわる若い女性
原画:フランソワ・ブーシェ作 製造19世紀前半


フィギュリン《恋するふたり》 原型1744
ヨハン・ヨアヒム・ケンドラ-ほか、製造1900年頃



その歴史の通り、初期は東洋の影響をもろに受けている。というより真似ている。私のような素人が見たら、「景徳鎮」や「柿右衛門」とどこが違うのかわからない。その後どんどんとヨーロッパ的になっていく歴史がよくわかる…


                                                            
芸術な一日だった。料金も安く満足、満足、だ。

2011年10月25日火曜日

久しぶりの「近又」の皿そば


1022(土) 久しぶりの出石皿そば「近又」

雨天だったが外出した。一日中家にじっとしているのは性に合わない
但馬の小京都、出石に行くことにした

「中国自動車道」吉川J.C.T→「舞鶴若狭道」福知山I.C→国道9国道426出石で約3時間かかる。私は助手席で時々うたた寝だ。
 
 目的は「出石皿そば」だ。今年は何回目だろうか
あと一か月少々で新蕎麦の季節だ。それまで待てばいいのたが今日は珍しく時間があるので行ってみることにした。

 出石では十年ぐらい前から「近又」という店に決めている。がここ23年ぐらい前から有名店になり、客はいつも長蛇の列だ。ここ34回はあまり多いので仕方なく他の店に行った。なんという店だったか覚えていないが、厨房でおばあさんたちが頑張っていた?店は美味い方に入る店だった



 今回は待つ人が数組だったので「近又」で食べることができたここの店主の妹さん?が尼崎に嫁いできているので何となく親近感がある。

 「近又」は(多くの店がそうだが)、三たて(挽きたて、打ちたて、茹がきたて)と玄そば(そばの実)を皮ごと石臼で挽いているので、色、香り、腰の強さがある、ことを売りにしている。



私はここのそばとそばに絡む出汁、つけ汁が気に入っている。

新蕎麦が出回るころまた行きたいなぁ



出石そばの歴史≪出石そば協同組合・観光案内より≫

宝永三年(一七〇六)に出石藩主松平氏と信州上田の仙石氏がお国替えとなりました。
その際、仙石氏と供に信州から来たそば職人の技法が在来のそば打ちの技術に加えられ誕生しました。その後、出石焼きが始まり白地の小皿に盛る様式が確立されました。

今では、約50軒ものそば屋が並ぶ関西屈指のそば処として知られています。

2011年10月23日日曜日

帰ってくるな川鵜たちよ

10.21()迷惑な川鵜

 9月の末頃から、しばらくの間膝痛のために休んでいたウオーキングを再開した。コースの途中に藻川の土手を歩く。そこで様々な野鳥に出会う。水辺にはシラサギなどのサギ類やカモ類、川鵜をはじめ土手にはムクドリやセキレイなどが遊び、知らない鳥もいる。

2年前ほどから川鵜の姿が見えなくなり、その他の水辺の鳥もめっきり減り、歩く楽しみが減っていた。
 

 原因は、鮒や鯉、ボラなどの魚類が減ったからではないのかというのが私の推論だ。

それまでの川鵜の数が半端じゃない。あの大食漢の川鵜があれだけの群れで毎日毎日食べ続けていれば魚も全滅に近い状態になって当然。

琵琶湖竹生島では、1980年代中ごろからわずか10年近くで3万羽に増えたことが問題になったことがあった。その後も各地で漁協などが放流したアユやアマゴが餌になってしまって大きな被害が出ている。

伊丹の昆陽池でも繁殖し過ぎて困っていることが問題になっていた。この藻川の川鵜も昆陽池から飛来してきていたのだろうか…

魚影がなくなったのだろ、釣り人がいなくなってしまっている。休日ともなれば多くの太公望の姿が見られていたのに…
今日は少ない

10日も前以前は一羽もいない日のほうが多かった

一昨日はこのアームに30羽以上は留まっていた
 ここ10日前ぐらいから変化が起き始めているようだ。少しずつ川鵜の数が増えている。今日は数羽(写真)だが一昨日は340羽が群れていた。十数羽の姿が見られる日が多くなっていた。
私としては、川鵜は来てほしくない。魚が増え水鳥たちが帰ってきて欲しい。川鵜が来ればまた奴らが魚を食い尽くす、それはとっても悲しい…

2011年10月21日金曜日

10月21日(金)小松菜と牛肉のオイスターソース炒め と 鮭のムニエル


《右》小松菜と牛肉のオイスターソース炒め。(小松菜、牛肉、マロニー)
        自家製漬物{たくあん。ラディシュ三種{甘酢漬け、塩漬け、糠みそ漬け)} キュウイ
   ※女房はあまり漬物を食べない。今回ラディシュを一束(子供の握りこぶし大 2個)を買った。
   甘酢漬け、塩漬け、糠みそ漬けにしたが、しばらく食べ続けなければいけない。
《左》鮭のムニエル。カイワレ大根とミニトマト。自家製ゆかり。梅干し。

赤字は女房作

10月20日(木)今年は残念 清住のコスモス


早生品種なのか四季咲なのか初夏に咲いているコスモスがありますが、やはりコスモスは秋の空が似合います。
「秋桜」はコスモスの和名、コスモスと読むようになったのは三十数年前に流行った山口百恵の「秋桜(コスモス)」からだとか。


兵庫の丹波、氷上町・清住の秋の郷は、毎年コスモスに埋め尽くされます。郷の半分の約7ha(甲子園球場の約1.8倍)の休耕田に栽培され(残りの半分は稲作)、翌年は今年稲作だった田んぼが休耕田になりコスモスを栽培(今年コスモス畑は翌年は稲作)するというように交互に毎年場所が変わります。



今年も先日、見学に行ってきました。舞鶴若狭自動車道・春日IC~北近畿豊岡道・氷上IC下車~県道7号線経由15分です。
いつもの年なら様々な品種の、赤や白、桃色などの花が田んぼ一面に咲き乱れますが、今年は残念ながら、23割しか花が咲いていません。
 原因は、害虫の大量発生と、山に餌が少なかったのか郷に鹿が降りてきて花が咲く前に食べてしまったことだそうです。
地元の方が「地球温暖化」のため?と言っていましが…
そのために今年1010日、16日の「コスモス祭り」は中止になりました。でも入園料(駐車料)は無料で見学は自由にできます。

2011年10月20日木曜日

10月19日(水) さんまの南蛮漬け


 《右》さんまの南蛮漬け
さんまといえば「塩焼きで決まり」と2~3年前までは思っていました。しかし煮てもよし、
揚げてもよしでした。お蔭でさんま料理の幅が広がりました。
自家製漬物{沢庵、塩漬け(大根のまびき菜、ミニトマト、胡瓜)、なすびの古漬け=細切り
生姜を混ぜています} リンゴ(私は 皮ごと食べます)、小梅のカリカリ漬け(おやつ感覚で食 
べます)
《左》明太子、梅干し(1個は大き過ぎて半分にしています)
イカ天、いんげんの鰹節和え、しめじの佃煮(しめじ、生姜千切り)  赤字は女房作     

2011年10月18日火曜日

10月18日豚肉のオクラ巻 永い眠りから目覚た好々爺 大河内ダムから砥峰高原へ

やっと永い眠りから覚めました。が、いつまだ眠りにつくかわかりませんが…今後ともよろしくお願いいたします。
とりあえず昔のようにまず「弁当」の紹介から始めます。
私の弁当のこだわりの一つは、捨ててもよいものの再利用です。


10月18日(火) 豚肉のオクラ巻と小芋のたいたん
《右》 煮物(小芋、人参、しめじ、厚揚げ) 柿なます(はやとウリ、柿) 自家製漬物(たくあん、ミニト
マトと胡瓜の甘酢漬け、他) ブドウ、干し梅実(梅ジュースを作った時の梅の実)
《左》出汁をとった後のいりこの醤油付け、梅干し、むかご、
野菜の豚肉巻(オクラ、人参) 青ネギと塩こぶの和え物   赤字は女房作

好々爺

15日(土)16日(日)は孫たちの運動会でした。こんな時は好々爺です。この孫たちには原発のない社会を引き継ぎたいなぁ……








■10日ほど前、ススキを見に砥峰高原に行ってきました
夫婦の年中行事の一つです。
播但連絡道路『神崎南インター』を出て、約30分、いつものように女房の運転です。






兵庫県神崎郡神河町(旧大河内町)にある高原で山野草の宝庫、雪彦峰山県立自然公園に属し、標高800900mに位置する面積約90ヘクタールの草原です。 は草原一面が銀色絨毯となる日本有数のススキの大群生地です。ここ数年、ススキの大群生地として知られるようになってきました。映画「ノルウェイの森」のロケ地になってより有名になりました。また来年のNHK大河ドラマ「平清盛」のロケ地にもなるようです。


大河内発電所
その高原に行く途中の同じ神河町に、大河内発電所があります。関西電力の「純揚水式発電所」です。国内第3128万kwの発電量です。福井県大飯郡・高浜原発関連施設であることはあまり知られていない?のでは…私は知ったのが23年前でした。(以下は、その時知った知識の受け売りです)

原子力発電は、電力需要が多い日中でも、需要の少ない夜間でも、発電量の調整ができない発電方式です。

そのため福井県の高浜原発では、夜間の余剰電力をはるか離れたこの兵庫県の山の中へ送電して、その電力を使って下部のダム(長谷ダム)から上のダム(太田ダム)に水をくみ上げ、電力需要が増える日中に、下部のダムにその水を落として(地下水路でつながっている)発電しています。それがこの揚水発電所・大河内発電所です。発電で生み出される電力量は汲み上げに使用する電力量より少なく、しかも必要に応じて稼動するのでとても稼働率も低く、原発の余剰電力の捨て場になっている発電所です。別名「高浜原発の蓄電池」といわれています。
太田ダム

長谷ダム
原子力発電所は必ず揚水式発電所と対になって建設されるもので、原発建設コストに揚水式発電所建設費用が含まれて当然ですが、原発推進の根拠になっている経済的優位性の根拠が弱まるためか一般向けには説明はあまりしていないとのことです。兵庫県が建設費用を負担したかは調べていません。

長谷ダムの下にPR館「エル・ビレッジおおかわち」があります。ミニログハウスや芝生広場、木の遊具などもあり、高原の自然を楽しめるようになっていて、水力発電の仕組みを映像やジオラマで紹介する「ビレッジホール」などがあり、家族連れで楽しめるようになっています。ここでは原発の影も見えません。シャトルバスに乗って地下発電所の見学を行うことができ、そこで少し触れられているようです。

秋の一日、ご家族でススキ見物を兼ねて大河内発電所を訪ねてみるのも、またその後の活力になると思うのですが…確か1030日は「ススキまつり」です。この日は避けたほうがよいかもしれません。きっと大混雑です。