2012年3月30日金曜日

3月23日~29日見守り / 葉玉葱。鯨肉

3月23日(金) 毎日来なくても

この頃は、私もそうだが彼女も落ち着いてきているように思う。
どんなにあがこうともこの現実から逃れられないのならば、前を向いて歩くしかないのだ、という自覚が固まってきているのだろう。

 今は、昼食ぐらいは一緒に食べるように生活のパターンを組み立てている。
来月ぐらいからは、事務所に行く前に病院に寄って、弁当は以前のように事務所で食べる生活のパターン戻そうかと思っているのだが…

彼女に言うと、「用事があれば電話するから、別に毎日来なくてもよい」という。

24日(土) リハビリ

リハビリを見学した。足の動かしかた一つひとつについて、内側に力を入れて、等々指導を受けている。

リハビリテーション医療についての思想や理論・技術はどのような歴史があり進歩してきているのだろうか。

リハビリ医療の対しての診療報酬はどこまで保障さているのだろうか、経済的裏付けはリハビリ医療の進歩には必要不可欠だ。

病院の片隅にあった訓練室が、リハビリ専門の病院ができるまでになるのは、関係者の苦労、努力があったことだろうと推測できる…詳しくは知らないが10年前ぐら前にはここのような専門病院はなかったのでは…

療法士によると、体幹もしっかりしてきているとのこと。1ヶ月も前と比べると確かにそうだ。

今の妻の回復は、これまでのリハビリの進歩の「成果」のおかげだと思う。
これからもリハビリの歴史をしっかり受け止めて回復につなげなければと思う。

25日(日) 慣れ

私も参加している市民団体の阪急・塚口駅頭の宣伝活動に参加した。その駅から阪急電車に乗れば梅田に行ける。別段何か要件があったわけでもないが、なんとなくひとりで梅田に出てみたくなった。

  彼女と梅田方面に来ると、阪神百貨店、阪急百貨店のデパ地下をぶらりとして、喫茶店に行く、のがお決まりのコースになっていた。
彼女とよく行く喫茶店に入って"何時ものように"チョコレートパッフェを注文した。
前回梅田に来たときは、行く気になれなかった阪急百貨店にも、今回は行けた。

ひとりで行動することに慣れてきているな、と自分で納得している。

26日(月) 弁証法的

今日は病院近くのガソリンスタンドまで、杖で歩行した。
歩くといっても、動ける左足を一歩前へ出す、杖を突いて右足を左足の位置まで前へ出す。別の表現をすれば、「半歩」 歩く、と言うことだ。
だから歩くといっても、半歩、半歩と歩いていることになる。

彼女の「自由になる空間」は、極めて狭い。ベットとその傍にある椅子との間だけだ。
車椅子から杖に替わっても、今はまだ「杖」は「管理」されているので自由にはならない。「見守り」がなくなれば、「杖の管理」もなくなりもっと自由になれるのだろうが…

椅子も、床に椅子の位置を示す目印のテープが貼られている。移動の安全性の確保のためだ。
しかし、食事の時など少し椅子の位置をずらした方が便利な場合がある。
今日その時、なんと動けなかった右足で、「椅子を蹴って」動かした。小さい動きだったか何回も蹴っていた。

「蹴ってるやん」と聞けばば、「うん、これぐらいのこと…」と当然だと言わんばかりの返事だった。
本人にとってみればもっと前から行えるようになっていた行動なのだろうが、突然見たものにとれば大きな変化だ。

この「小さな」変化の積み重ねは、やがてもっと大きな「変化」を生み出す…

量的変化は質的変化に転化する。弁証法的発展だ。

27日(火) 見守り

今日から「見守り」がなくなったとのことだ。しかしこれで「自由」になったかと言うとそうもいかないらしい。
時間は 9 時から17 時まで、移動できる場所はこの病棟・4 階だけだ。

管理とか監視ではなく「見守り」とはうまくいったものだ。「あなたを監視します」ではなく「あなたを見守ります」と言われる方が温かく感じ、自分は自由だと思える…

病院としては、一気に解放するにはまだまだ危険だと判断しているのだろう。徐々に自由度を広げていくのは当然の処置だと思う、本人にとっては不満だろうが…

それでも精神的には重石が少しは軽くなったと思う…

28日(水) 介護認定

今日は介護認定のための尼崎市の調査があった。今すぐ介護保険を使うわけではないが、何かあれば使えるのでとりあえず認定を受けておければ、と病院から勧められたので、申請をしていた。まだ「症状」が固定したわけではないので、とりあえずの認定になる。6ヶ月後に見直されるので、それまでの等級になるのだろう。6ヶ月先にはどこまで回復しているのか…

まだまだ積み重ねる日々が続く…

29日(木) 階段リフト

退院して家に戻ってからの生活を考えいる。
今までは2階中心の生活だった。台所も2階だが風呂は1階だ。今の彼女の状態では今までどおりの2階での生活は不便で不自由なものになる。少しでも快適に暮らすことを目指すならば、台所を1階に移すなどの大改造が必要になるだろうと思っている。

彼女は、階段に「リフト」を設置してはどうかと提案している。改造よりも安くつくのだろうか。
家の改造には、尼崎市の制度で、必要が認められれば、最高100万円までの補助がつくらしいが、リフト設置にはどうだろうか?

それよりも、手すりを使ってでも自力での昇降ができるまで回復すること願っているのだが…
だめならば、当面は「リフト」ということも有りだろう。

本人はいろいろと考えるのは当然だが、まだ先の話だし、回復次第でどうなるのか分からないし、結論を出すのにはまだ時期が早いと思っている。

ひとり者の弁当
3月23日(金) 鶏肉の塩麹煮と焼きかぶら

《右》鶏肉の塩麹煮。漬物類。みかん。
《左》いかなごのくぎ煮。自家製梅干し。焼きかぶら。かぶらの葉の煮物

※ 今、流行の塩麹を使った煮物
鶏肉(冷凍庫にあったチューリップ)を一日塩麹に漬ける。その塩麹で煮る。大根、人参も加える。
調味料は一切使わず塩麹のみで煮る。美味だ。

※焼きかぶら
かぶらを櫛切りにしてフライパンで焼く。
反省として、櫛切りは、一切れの中でも厚さが違うので焼き具合が異なり歯あたりが悪い、厚さが同じになるような切り方、たとえば拍子切りなどの方が良いかもしれない。

※いかなごの釘煮
長男の嫁が作った。少し分けてもらった。
妻が元気だった昨年までは、我が家の風物詩だった。来年は復活したい。

24日(土) 冷凍庫の整理
冷凍庫を整理した。一部にすぎない。まだまだ冷凍庫にはいろいろ入っている。

《上》 エビフライ(冷凍庫)。チンゲン菜のかつお醤油和え。山椒の醤油煮(冷凍庫)
《下 》鶏肉照焼き(冷凍庫)。かぶらの葉の浅漬け。自家製漬物類(ゴーヤの塩漬け、かぶらの浅漬
け、他) 。ぶどうゼリー。

25日(日) 牛肉と葉玉葱



《右》牛肉と葉玉葱の煮物.自家製漬物類。リンゴと梅ジュースの梅の実。
《左》辛子明太子。カリカリ梅。卵煮。アスパラのごまだれ和え。

※葉玉葱
 春先の短い期間だけの旬の食材。このあたりのスーパーなどにはあまり出回っていないと思っていた。
根が大きく育つ前に葉つきのまま収穫する。間引きされた物が商品として出回っていることももあると思う。

葉の部分は香りがよく柔らかい、ビタミンが多く含まれている。
毎年、ドライブ途中に寄る郊外の「道の駅」で買っていた。食べたいなぁと妻と話していたら、なんとスーパーに売っていた。


今回は、牛肉と一緒に葉と根も煮た。その煮汁で卵も煮たが、炒めてもよいし、葉はぬたやみそ汁の具などにも使える。


26日(月) 鯵の開き


《右》 鯵の開き。アスパラの辛子明太子和え。自家製漬物(大根、白菜、オクラの糠漬。、たくあん。  
ミニトマトの塩漬け)。バナナ。
《左》 茄子と干し海老、竹輪のたいたん。チリメン。自家製梅干し(半個)。
※鯵の開きは1パックに 4 匹入っている。朝昼晩と食べてもまだ1匹残る。バナナは1房4本だ。残りの3本はどうしようか?

※茄子は今回「茄子の色」があせずにが残った。何故?茄子の種類のせいか。冬茄子?
干しエビと竹輪と炊いた。

27日(火) いかなごの稲荷詰め


《右》いかなごの稲荷詰め。焼きアスパラ。冷凍イチゴ。自家製漬物(胡瓜、ゴーヤ、人参の甘酢漬け。ほか)
《左》イカせんべい揚げ(山口県・萩の練物)。にんにくの芽のみそ炒め。鰹節飯。

※薄揚げを半分に切り、中にいかなごの釘煮とスライスチーズを詰めて焼いた。
今朝のテレビでやっていた淡路島の人のレシピを真似てみた。おかずには少し甘すぎた。

※①にんにくの芽、こんにゃく、竹輪を炒める。②味噌を酒とミリンで溶き、①に絡める。
こんにゃくと竹輪はにんにくの芽と同じ長さに切りそろえる。豚肉に変えてもよいと思う。

28日(水) 鯨肉はりはり


《右》 鯨肉はりはり。ホタルイカの酢味噌和え。自家製漬物(ゴーヤ、人参、胡瓜、ブロッコリーの芯の塩漬け、他)。みかん。
《左》 出汁巻。アイスプラント。かえりチリメン。

※鯨肉は先日阪神百貨店で買って冷凍保存していた物だ。
鰹だしで生姜の薄切りと鯨肉を煮る。あくを取り酒。ミリン、醤油で味をつけ、水菜を入れて火を止める。

鯨肉はナガスクジラだ。グラムあたり二百数十円だった。尾のみは手が出ないが、これぐらいは頑張れば買える。
私ぐらいの年の者ならば学校給食で食べた経験を持つ。戦後の食糧事情が悪い時代の日本人にとっての貴重な動物性タンパク質だった。

ひとりでは食べら切れないので、1/3 は明日に廻す。

29日(木) 鯨つくし


《右》 鯨肉の照り焼き。焼き菜の花。自家製漬物(胡瓜、ゴーヤ、人参の甘酢漬け。ほか) バナナのフリッター(皮も挙げてみた。)
《左》 桜えび。自家製カリカリ梅。鯨肉の竜田揚げ。蒸しレタスのあんかけ。


※一昨日の夕食、昨日の朝食、弁当、夕食と四度も鯨肉だったが、また1/3 が残っている。
そこで、今日の弁当のおかず、照焼きと竜田揚げにした。 


※バナナの皮を揚げたのは、テレビで台湾だったかの売店で売っていたのを見て、一度揚げてみようと思っていた。
それなりに甘くて旨かった。


2012年3月23日金曜日

3月16日~22日車椅子との別れ/ひとり者の弁当

3月16日(金)新経験
 
4階の病室から2階のリハビリ室へ、何時もなら車椅子で移動するところを、今日は杖でだが歩いて行ったとのことだ。
さらにリハビリ室でだが、4段の練習用の階段で昇降の練習をしたとのことだ。

新しい装具を装着しての新しい経験⇒新たな段階へ入ったのだろうか。

17日(土) 屋外
杖を突いて、病室がある廊下を往復し、さらに病院から外に出て、病院の敷地内だが外を歩いた。約300mぐらいだとか。昨日は病室からリハビリ室までの歩行だったのが一気に距離を伸ばした。
ついにか、やっとと言うべきか「屋外」を歩くことができた。

今日は、この病院に転医してから、2ヵ月目に入った日だ。
1ヶ月でここまで来た、このまま順調に回復することを祈る。

心配なのは、腕の方だ…うまくいかなかったら筋肉が固まり、肘と手首が曲がったままになる危険性がある…

長男が1ヵ月ぶりに帰国した。二人の息子の家族と我が家で夕食・鍋(うどんすき)を食べた。それなりに楽しいが、妻がいないのはやはりもう一つ物足りない感じがするものだ。

18日(日) 指
よく降る雨。「春に三日の晴れ間なし」とはよく言ったものだ。こんな雨の日は、何かあれば妻が送迎してくれていた。ずい分と甘えていたなぁ…

今日は、右手の親指が動いたと言って見せてくれた。随意で動くのだ。

今回の脳梗塞で、言語と意識の障害がなかったことは不幸中の幸いだった。思っていることを言葉で表現できたり考えたことを(不自由だが)行動できることは、少なくともストレスが溜まることに関しては軽減できるだろう。
そして、何よりも動こう、動かそうとする、「意志」の力は大切だと思う。

ただ意志は意欲から生まれる…

19日(月) 夢
ここで落ち込んでいるわけにはいかないという気持ちが今の私を支えている。ふと落ち込むこともあるが、希望が未来をつないでいる。
意味のない不安がボディブローのように効いてくることもある。しかしここで負けるわけにはいかないのだ、と思う…
妻の強さが私(たち)を元気づけていると思っている。彼女が元気にしている。頑張ってリハビリをしている。私よりももっと不安なのに明るい(のように振る舞っている?)ことが、私に勇気を与えてくれている。 

退院したら、回復したら(どこまでかはわからないが)、ああしょう、こうもしたいと「夢」を持つことが大切だと思っている。

当面は「外泊」。一度家に帰らせてやりたい…ささやかな「夢」

20日(火) ひとり

今日は階段の昇降の練習だったようだ。家の階段で昇り降りができるまで回復してほしいと思っているのだが…できると信じよう。無理ならば家の改造だろう…

大阪城公園へ梅を見に突然行く気になった。
毎年彼女と行っている年中行事の一つだ。気分転換にもなるだろと思ったのと、ひとりで行ったらどんな気持ちになるのか、自分を試してもみたかった。
そして何よりも、梅園を写真にとって見せてやりたい思ったので写真を撮りまくった。

ひとりで行くこともできたし、思ったほど「寂しい」気持ちにはならなかった。梅の華やかさに紛れたのかもしれない…
「ひとりでいる」ことに、慣れ始めているのかもしれない…

21日(水) ありがとう、そしてさようなら

今日からは、移動手段が車椅子から「杖(四足)」に替わった。1週間は、移動時には看護士の「見守り」がつくが、気持ちもさらに明るくなるだろう。
療法士から、車椅子で近くのスーパーへ行くこともよい、と言われた。

回復に向かっての新たな場面への転換だ。

車椅子さん、ありがとう、そしてさようなら…

22日(木) 外へ出る

今日はさらに舞台が展開した。杖で病院の敷地を出で外を歩いた。まだまだ杖を突いてゆっくりと一歩づづしか進めないが、自立への一歩には違いない。

これからは、気候もよくなるし、外を歩く距離も伸びることだろう。この道は夢へと続け…


ひとり者の弁当
3月16日(金) 椎茸のマヨ味噌焼き


《上》 椎茸のマヨ味噌焼き。豆苗と煮干しの煮物。チリメンジャコ
《下》 八宝菜風。漬物類(生姜の甘酢漬け他)。トマト。

※椎茸の軸を取り、そのあとにマヨネーズと味噌を混ぜて塗り、焼いた。
※煮干しの頭とはらわたを取り除き湯に入れて、出汁をとり(煮干しは取り除かず)酒とミリン、醤油で味をつけて、その中に豆苗を加えて煮た。

※八宝菜風は、昨夜の残り物。昨夜の夕飯は、長崎皿うどんだった。その具の残り物だ。
チンゲン菜が数日前に買ったままだったので、白菜の代わりに使った。
玉葱、人参、椎茸、エノキ、筍(水煮)、竹輪、イカ、海老(片栗粉をまぶしておく)、豚肉、が入っている。

19日(月) イワシのかば焼きと葉ゴボウ

《上》葉ゴボウの炒め煮。若布と筍の煮物(若竹煮)。自家製漬物類。イチゴ

《下》イワシの蒲焼。卵のトマト炒め。菊菜のお浸し。


※葉ゴボウは旬の食材だ。これから一ヶ月ぐらいしか食べれない。
①根と茎と葉に切り分ける。根は皮を剥く。茎とともに一口大に切る。②鶏肉も一口大に切る。③鍋に油をひき、鶏肉を炒める。④根と茎を加えて炒める。⑤水を加え鶏がらスープ(顆粒)、酒、ミリン、醤油で味を整える。

葉は、別に使う。苦みがあるので、重曹を入れてゆがく(苦いのかいいのなら湯のみで)。水にはなち、熱を取る。
そのままお浸しにしたり、あ゛をつけて煮たりする。

※イワシの頭を落とし、手開きする。小麦粉をまぶすが今回はそのまま焼いた。
砂糖醤油をからませて仕上げる。





20日(火) ゴーヤと豚肉のてんぷら


《右》 ゴーヤと豚肉のてんぷら。自家製漬物(らっきょ、胡瓜と人参の塩漬け、たくわん)。イチゴ。
《左》スクランブルエッグ。竹の子の土佐煮風。菊菜のジャコ和え。

※ゴーヤと豚肉のかき揚げ風てんぷらにした。

※筍は、昨日の若竹煮の残り物に、鰹節をまぶして、土佐煮風にして目先を変えた。


21日(水)牛肉・ステーキと かぶらの葉


《右》 ステーキとチンゲン菜。自家製漬物。リンゴ。
《左》 かぶらの葉と薄揚げのたいたん(煮干しもそのまま食べる)。チリメン入り炒り卵。
菜っ葉飯(かぶらの葉)

※貧乏人にとっては「清水の舞台から…」だ。200g1860円のステーキ用牛肉だ。実は半額セールだったのと、今はひとり身なのでたまには少し贅沢をしてみようと買った。独身を楽しむ?ほどの余裕はないのだが……柔らくて旨い、値だけのことはある…高くて旨いのは当たり前だ。




2012年3月16日金曜日

3月12日~15日 トイレの自立~新しい装具/ジョンと塩麹

3月12日(月) トイレ
ひとりでトイレに行くことにOKが出た。また一つ空間が広がった。
食べる⇒排出する、生活する基本の基本だ。それが自分の意思どおり自由にならなかったら気持ちも晴れないだろう。

元気だった頃と比べたら、まだまだ思う通りの動きができないだろうが、トイレに行くのにも看護士の手助けを"必要=強制"されることから解放されて、自分の意思で、誰にも遠慮なく行きたい時に行ける"自由"になれたことは、心の一つの重しは取れたと思う。

動ける空間とともに心の空間も少しは広がった…


3月13日(火) 裁縫

入浴時ひとりで体を洗う時、タオルを二本つなぎ合わせ輪にしたタオルを使うので、縫ってほしいと嫁に頼んでいた。私にできる?と聞くので、ちょっと無理だと応えたが、裁縫はあまりやったことがない。
生活していく上で、大抵のことは自分でできると思っているが、裁縫は苦手だ。ボタン付けや簡単な針仕事ぐらいはできるが、タオルをつなぎ合わせるような仕事、縫えるには縫えると思うが時間もかかり出来上がりも不細工になるだろう。
大昔、ミシンを買って、練習しょうと思ったことがあるが、今は押入れの隅に眠っている。

タオルをつなぎ合わせ輪にして、左手でどのように体を洗うのかは分からないが、いろいろな工夫があるものだと感心する。長年の経験から生み出されたものだろう…

結婚して今まで、裁縫に関することは、妻に頼り切っていたことを改めて自覚する。

14日(水)  食事

今日は確定申告に行った。毎年妻が申告していた。どちらかといえば、こういうことは私の方が専門なのだが、ここ数年は彼女がやっていた。久しぶりなので面食らったが…
夫婦の役割分担と言えばそうなのだが、こういう"雑事"も彼女に頼り切っていたことになる…

今晩の夕食何にしょうかなぁ、という私のつぶやきに、いいな好きなものが食べれて、と反応した。
確かにそうだと思う。与えられた物を食べるのは楽には違いないが、食事の「楽しみ」は少ないと思う。
食べたいものを自分で決めて買い物をして、作って食器に盛る、この一連の作業が食事の楽しみ、少なくとも私はそうだ。
彼女も、そろそろ病院の給食を食べるだけでは満足できなくなってきているのだろう、本人は自覚していないかもしれないが、心の無意識の意識が、"自己で決定する"を求め始めているのかもしれない。
心の回復だ。

15日(木) 装具

今日、本人専用の足首につける装具を購入した。主治医と療法士が、今の妻の状況にあった物を選んでくれた。これからの回復の程度に合わせて、今後も改造していくものらしい。
この装具を使ってどんどん歩くように、と医者は話していた。

リハビリを見学したが、両足のつま先立ちの練習をし、そののち、杖を使わず立ち上がる練習、歩行の練習だ。
右足に重心を置くことを意識させる練習のようだった。

健常者は歩くときいちいち意識などしないが、「歩く」という動作は、つま先、足関節、膝関節、股関節、腰などの骨やそれについている筋肉、神経などが連携して生まれる動作だ。
見ていると、リハビリは、その一つ一つを分解し訓練することだということが分かる。

今後は、本人専用の装具をつけての歩行訓練が始まる。医師や療法士は、家の中では装具なし、外では装具を使ての歩行を目指すと言っていた。

当面の目的はそれでいいと思う。
私は "とりあえず" だと思っている。目的はさらにその向こうにあるのだが、無理をせずゆっくり歩む…

ひとり者の弁当
3月12日(月) 牡蠣のジョン


《上》鶏皮とカボチャの煮物(昨日の残り物)。ほうれん草の昆布茶和え。チリメンジャコ。自家製梅干
《下》牡蠣のジョン。菜の花と桜えびと鰹節炒め。自家製漬物(白菜の浅漬け他)

※鶏皮は私の弁当には、たまに出てくる食材だ。脂分が多く高カロリーの食材だ。カロリーを気にする人は食べない方がいいだろう。
しかしたまには、そんなことを気にせず旨いものを食べるのもいいだろうと思っている。
鶏皮には、ビタミンk1、 ビタミン Aが含まれている。コラーゲンも含まれているらしいが、それが肌のコラーゲンになる保証はないらしい…そんなことどうでもいい…
皮を二回茹でこぼしして脂分をとる。その皮でカボチャを煮る。酒、みりん、砂糖、塩で味をつける。

※牡蠣のジョンというよりも牡蠣のピカタだ。洗って水気を取った牡蠣に塩胡椒をして片栗粉をつけて、両面を焼く。醤油、ポン酢などお好みの味で食べる。コチュジャンを入れれば韓国風?

3月13日(火) 鰆の塩麹とポテトサラダ(マヨ抜き)


《右》鰆の塩麹焼き。ピーマンの塩昆布和え。自家製漬物。トマト。
《左》白胡麻。ポテトサラダ(マヨネーズ抜き)。小松菜と竹輪の煮物。

※今までも何回かはこの弁当に出てきたが。今流行の塩麹を使った。塩麹は既製品を使った。
鰆を一日漬けて、そのまま極弱火で焼いた。美味だ。

※ピーマンを細切りにしてレンジで加熱し、塩昆布で和えた。

※ポテトサラダは、今回マヨネーズを使っていない。ジャガイモ2個をレンジで裏返しながら7分加熱し、皮を剥いてつぶした。胡瓜、玉葱、人参、リンゴを加えて、塩胡椒で味をつけた。

14日(水) キヌサヤと干しエビの卵とじ 


《右》塩サバ。ポテトサラダ(昨日の残り物。マヨを入れて味に変化をつけた)。自家製漬物(人参の   
皮、胡瓜、白菜の塩漬け他)。イチゴ。
《左》自家製ふりかけ。キヌサヤの卵とじ。胡瓜の芽カブ和え(芽カブは既製品)。

※干しエビ(淡路産というだけで海老の名は分からない)の出汁が出てくれば、酒、ミリン、塩で味をつける。へたと筋を取ったキヌサヤを加えて軽く煮る、溶き卵でとじる。






2012年3月12日月曜日

3月9日~11日手の動き/切昆布の煮物

3月9日(金) 昼食

朝から雨だ。今日は午前中に歯科の予約を入れている。
歯科で診てもらったのち、引き返して病院へ来るのは、また元来た道を戻ることになるから、雨が降れば歯科からそのまま事務所へ行く、と昨日言っていたが、雨の中を取って返して病院へ行った。
彼女は来なくてもよい、と言っていたのだが…彼女が一人で食べている姿を想像すると、何か不憫な気がしてしまう…私が勝手に思うだけできっと本人には有難迷惑な話なのだろうけど…

もうしばらくの間は、一日の一食・昼食ぐらいは一緒に食べたいと思う。彼女のためというより自分のためなのかもしれない。
今の私はそれぐらいしかできない。

10日(土) 手の動き

作業療法を15分間見学した。
低周波を出す機器を使った訓練で、肩(三角筋?)に電極?を貼り付け、約6~7秒間、低周波で筋肉に刺激を与え、その後看護士が腕をやはり6~7秒持ち上げる動作を、20分ぐらい繰り返す訓練だ。
低周波を当てると筋肉が意志に関係なく動くとのことだ。

その後、腕を自力でどれだけ挙げることかできるかを、脇の開き具合を分度器で計測する。55度挙がった。前回より20度も高く挙がったらしい。
肩を揚げる角度は、35度で前回より10度高く挙がるようになった。

訓練が終わった時、上腕から肩にかけて筋肉が熱くなっていると言っていた。筋肉が動いている証拠だ。

足と比べて手の回復は難しいと言われていたが、それでも少しずつだか動きが良くなっている。

11日(日) 痩せている

彼女の看護士仲間の三人が見舞いに来た。その彼女たちは「元気になった」と喜んでくれた。それと「発病して一ヶ月しかたっていないのに」と、回復の早さ、リハビリの効果に驚いていた。専門家ではないが、私よりも専門家に近く、多くの事を経験してる彼女たちがそう言うのだから、そうなのだろう…

回復が早い訳の一つが、「痩せている」ことだそうだ。痩せているほうがリハビリが効率的に効果が出るとのこと、肥えているとまず体重を落とすことから始めるらしい。
そして、発見が早かったことも幸いしている、とも言っていた。

痩せていることが幸いしているとは考えてもみなかった。

ひとり者の弁当
3月9日 切昆布の煮物と鯵南蛮漬け


《右》 鯵南蛮漬け。自家製漬物(白菜糠漬け他)。パイナップル。
《左》 小松菜と揚げのたいたん。切昆布とゴボウ天ぷら(ちぎり天)の煮物。桜えび。

※スーパーで切昆布を見つけた。一パック100円だ。
切昆布の煮物は、知人が作ったのを食べた時、おいしかったことを思い出して作ってみた。
①切昆布を水洗いし、食べやすい大きさに切る。人参を千切りにする。②だし汁に①を入れ、酒、ミリン、砂糖、醤油、で味をつける。③練り製品、ゴボウささがき入りてんぷら(ちぎり天ぷら)があっので、加えて煮る。

※鯵の南蛮漬けは旨かったが失敗作だ。
セイゴ、エラ、内臓を取って、片栗粉をつけて揚げたのだが、何故かカリッと揚がらなく、身が崩そうになり、しかも皮が剥げてくる。見た目に悪いものになってしまった。何故なのかこれから調べてみる。
①だし汁に、オス、砂糖、醤油を混ぜて、一度火にかけて冷ます。②玉葱、人参の千切り、種を抜いた鷹の爪(あればピーマン)を漬けておく。③揚げた鯵の脂を切って②に漬ける。1 時間以上漬けておく。

10日(土) コンビニ仕様・弁当

午後、所用があって、病院から直行しなければならないので今日は弁当を作らず、買うことにしていた。しかしスーパーに売っている弁当を想像してみると、今、家にあるものばかりだ。
家を出発する直前になってから、作ることにした。10分で作った。コンビニ仕様だ。


▼鮭弁当だ。
ご飯を詰める。
塩鮭は一昨日安かったので買って焼いて置いていた。エビフライと鶏の照り焼きは冷凍保していた物。トマトと胡瓜とブロッコリーは朝食トーストの残り物。カボチャと鶏皮の煮物は昨夜の残り物。たくあん。別にバナナ1本を添付。
一丁出来上がり。はい399円です。


2012年3月9日金曜日

3月5~8日驚きの杖歩行/酢豚と回鍋肉

3月5日(月) 介護入浴
今日から入浴の方式が変わった。今までは「機械入浴」だったが、今日からは「介護入浴」という方法に変わった。
看護士がついてくれるが、衣類の脱着、入浴、体や頭を洗う、などの行為をひとりで行ったとのことだ。体が湯船に浮くようで少し怖かったと言っていたが、身体全身を湯に沈める普通の入浴のようだ。ひとりでの入浴に少しは心の疲れが取れただろうか?

少しづつだが生活の自立に向かって前へ進んでいる…


6日(火) 体育系
この病院に転医してから、毎日リハビリが続いている。最近は日に最低1.5~2時間は行っている。彼女は疲れるといっているが嫌がってはいない。
体育系ののりだ、とも言っている。これが今の自分の「仕事」と思っているようだ。というより覚悟しているようだが、反面楽しんでいるところもあるようだ…
少しづつでも回復していることが実感できればもっと励みになるのだろう…

これからも体育系で楽しみながらやっていければ…と祈る。

7日(水) バランス 
最近は、車椅子から立ち上がって、左足に重心を乗せてバランスをとれる様になっている。立ち上がらなければ取れない物を、立ち上がって取れるようになっている。

身体の機能を回復するということは、腕なら腕、足なら足その部分のみが回復するというのではなく、それに繋がる機能や関係する部分が回復する、逆に言うと、それらすべての関連機能や関係部分の連携が支障なく機能しなければ、回復してほしい腕や足が回復はしないということなのだろう。

そういう意味で、体のバランスがとれるようなってきているということは、"回復の兆し" ということなのだろうか…

今日も、慎重に立ち上がって、棚の上にあるティッシュを取っていた。


8日(木) 驚いた、杖での歩行

午後に時間がとれたので久しぶりにリハビリを見学した。足の理学的療法を1時間ばかり見て驚いた。

最初は、足を具足で補強して、杖を突いて約20mゆっくりと歩行した。杖の先端が四つになっていて、力をかけてもバランスが崩れない様になっている杖だ。
「歩いている感覚はあるのか」と聞くと、なんでそんな質問をするのかと驚いたようだった。20日ほど前だったか、わずか1㎝足らずほど動いた感覚があった、と言っていたことがあったからだ。今回は歩いている感覚があるという。ただ大腿が動いている感覚はないらしい。
療法士(患者は先生とよんでいる。)は、そこ(大腿)を意識する、右足に重心を置くように意識することが大切だと指導していた。

ベットに横になって、右足の動きの訓練をかねて回復度合いのチェックを受けた。足の押す力はだいぶん強くなっているとのことだ。

杖で歩行する時、どうしても転倒する恐怖からか、下ばかり気になって下を向いて歩いてしまうらしいが、ゆっくり歩けば転倒しないから、できるだけ前方を見るようにと指導を受けて、さらに約40メートル歩行訓練をした。

次いで、マットの上で、両膝立ちの訓練だった。初めてのことで、できるかどうかわ調べる意味もあったようだ。膝で立てば、膝から下は気にしなくて大腿や尻、腰の訓練ができるとのことだ。

これまでだけでも驚きだったが゛、さらに驚いた。
先端が四つに分かれている杖から、分かれていない先端が一つの杖に変えての歩行訓練をした。
四つに分かれた杖ばかり使っていると、それに頼ってしまうことになるので、替えてみようということで、初めての訓練をした。10m足らずの距離を2回歩いた。

なんという変化だ。すごいと言うと、そおぅと返事する。本人は毎日のことなのであまり自覚がないのかもしれないが、久しぶりに見れば、回復に向かって着実に進んでいることが判る。

時々は見学して、回復が進んでいることを告げて、本人の自覚を促し、励ますことが必要だろう。
しかしあまりしつこくやると嫌がるだろうからその辺の兼ね合いは難しい…

あまり喜びすぎないようにしよう。まだまだ先は長い

ひとり者の弁当
3月6日(火)  酢豚



《上》 酢豚(日曜日の残り物)。納豆。
《下》エビフライ(冷凍庫は宝庫)。自家製漬物類。イチゴ

※①豚フロック肉(肩ロース)を一口大に切り、下味(胡椒、酒、醤油、生姜汁)をつける。
②鶏がらスープに、醤油、砂糖、オイスターソース、酢を混ぜておく。
③①の豚肉に、片栗粉をつけて、揚げておく。
④人参を短冊切りしレンジで加熱しておく。
⑤玉葱櫛切り、ピーマン乱切り、椎茸四つ切、竹の子の水煮を炒め、④の人参を加える。
●野菜を油通しするとレシピにはあるが、私は湯通しする。今回はそれもしなかった。
⑥③の豚肉を加える。
⑦②のスープを加え、水溶き片栗粉でとろみをつけて少し煮込む。
●野菜を油通し(湯通し)した場合は、②のスープに片栗粉を加えて一気に仕上げる。
⑧胡麻油で仕上げるる(今回は忘れた) キヌサヤの塩茹でも加えるのを忘れた。
※冷凍庫は宝の山?だ。今回はエビフライを発見した。まだ残っている。

7日(水) 回鍋肉とアンチョビを代用品として


《上》野沢菜のイカ塩辛炒め。トマト。自家製いかなごの釘煮(昨年の女房作)。自家製カリカリ梅。
《下》回鍋肉。ブロッコリ。自家製漬物。イチゴ。

※イカの塩辛(自家製)をアンチョビの代用品として野沢菜を炒めた。

※回鍋肉①豚ブロック肉を薄切にし、茹でておく。②キャベツを湯通ししておく。③フライパンで、豆板醤と生姜のみじん切を炒める。④①と②を加えて炒める。⑤甜麺醤、豆鼓醤で味をつける。
●キャベツの代わりに白菜や白ネギでもよい。豆鼓醤はお好みで。
●材料を湯で茹でて、鍋に戻すから回鍋?。豚肉の余分な脂を除き、うまみを引き出すとのことだ。



2012年3月5日月曜日

3月1日~4日入院2ヵ月目に突入/イカのワタ煮

3月1日(木)私の片頭痛―ストレス?
 私自身、ここ2日間片頭痛が続いている。少し血圧が高い。昨年末から毎日朝チェックしているのだが、150前後/70~80が続くのは初めてだ。そのためだろうか。
上の左奥歯が冷たいものを飲むと痛む。頭の鈍痛はそのせいだろうか。

心配なので診療所で診てもらった。診療所で測定すると170/100だった。だいぶん高い。170になったのは生まれて初めてだ。(直後、家に帰って測ると150/70だったが…)心配なので、MRIを撮らなくてもよいのかと尋ねてみだが、今は必要ない、しばらく様子を見ようということになって、ごく弱い血圧降下剤を投与してもらった。

血圧が高くなるのは、ストレスが原因の場合が多いらしいが、そのためか。そんなにストレスが溜まっているとは思えない…  それとも、寝不足のせいか…

どちらにしろ心配だ。今共倒れになるわけにはいかない…

2日(金) 面談 
午前中、歯科を受信した。
午後は、妻の治療方針についての「面談」だ。主治医が、患者と家族に対して、病状やリハビリの結果、現在どうなっているのか、などの報告、説明をし、患者側の疑問に答える、という場だ。これからも月一回ある。

心身機能―リハビリの結果は、右手指はまだ回復は弱く、上肢()の回復は進んでいる。 下肢()はかなり進んでいる。自立度(日常生活)は、8段階評価で3ぐらいだとのことだった。

 医師は、足は完全回復は無理だとしても、日常生活ができるぐらいまでの回復を目指しているようだ。ただ、手の方は、左手の補助ぐらいしか回復しないと考えているようだが、それは、現在の状況からの判断で、今後のリハビリの結果次第では医師の判断を超えてさらに回復が進むと思っている。
 
それでも、入院した当時と比べると、雲泥の差だ。ずいぶん回復している。
これからも彼女の意思が萎えないように支えて行かなければならない。

3日(土) 入院2ヵ月目に突入 

今日から入院2ヵ月目に入る。一か月前の2月2日夜、発病してから1か月が過ぎた。最初の頃のあの不安感や悲しみや苦しみ、動揺が、嘘のように今は彼女も私も落ちついて、現実を受け入れ始めている。
しかし心の奥底には、まだ不安が潜んでいる。彼女は私よりさらに深く大きいだろう。

このブログを、入院時から「日記」として綴っている。自分の心の中を見、心の軌跡を記すためだ。
私が見た妻の状況、私が想う彼女の心、そして私の心の分析のために、これを記している。

このブログを見ている人はいるのかどうか、いるとしても親しい人の数人だと思っている。私の(そして妻との)プライバシーだ。ここまで公開していいのか今も迷っている。

自分の心情を ここに吐露する、そして誰かがそのことを知っていてくれること、たとえ知っていてくれなくっても、ここに心情を記すことによって、重みが幾分かでも軽くなる、と感じている。

将来、彼女が元気になって、このブログを読み返して、「こんなこと考えていた」「こんな風に思っていた」と笑って話せるようになればよいと思っている…

必ずそうなると信じている。

4日(日) 切ない気持ち

日曜日なので、息子たちの二家族が、我が家に集まって夕食を共にした。私の慰労?ためだろう。久しぶりの大勢での夕食だった。腕によりを振るって?「酢豚」を作った。大人4人分と子供4人、と言っても二人は間もなく中学生、大人以上だ。それに小学生、幼稚園児だ。この人数分を作った。
こんな大量を料理するのは初めてだった。まるで中華料理屋だ?

材料を仕入れに近くの大型店に行った。よく妻と行くところだ。買い物や喫茶店によく行った。
店を歩いていると、何故か突然、切ない気持ちに襲われた。

今日の午後、梅田に行く機会があり、ついでに阪神の地下食品売り場をぶらついた。その時も胸にこみ上げるものがあった。
今までも、梅田に行くと時間が許す限り、別段買うものがなくっても、妻と二人で阪神、阪急の両百貨店の食品売り場を見て歩いた。

今日は、ひとりで阪急百貨店まで足を延ばす気がしなかった。まだ一人に慣れていない部分も残っている…

ひとり者の弁当
2月3日(土)イカのワタ煮

《右》 イカのワタ煮。ブロッコリー。自家製漬物。リンゴ。
《左》 豆腐と島ラッキョの炒め物。菊菜のお浸し。自家製チリメン山椒。カリカリ梅。

※①大根を乱切りにしゆがき、人参はレンジで加熱。小芋の皮を剥き食べやすい大きさに切る。 (大根、人参の皮を必ずしも剥かなくってもよい。剥いた場合は皮を浅漬けにすれば無駄がない)
②イカのワタを取りだし、足を切り離し、墨袋を取り除く。胴体を輪切りにする。
③鍋に湯を張り大根、人参、小芋を入れて煮る。酒、ミリン、砂糖、醤油で味をつける。
④イカを加える。3分で取り出す。(今回は足とエンペラは使わない。焼きそばに使う予定)
⑤ワタの中身を取りだし酒でのばし、加えて少し煮込む。
⑥小芋が煮えれば、取り出しておいたイカを戻し火を止める。
       エンペラは、イカのミミのことで、子供の時からそう呼んでいる。


※島ラッキョは、塩漬けにしていた物を使った。
豆腐を茹でて水切りし潰して炒める。島ラッキョを加え、鰹節を加え、塩胡椒で味を整える。

2012年3月1日木曜日

2月25日~29日わずかな歩み/ひとり者の弁当 5食

2月25日(土) 歩行
歩行訓練で50m歩いたら一日歩いたようだ、疲れたと言っていた。私にとっては、歩こうと思ったら足が出て歩行する、という当然の行為は、今の彼女には厳しいことだ。「健常者」の私には到底想像できない「心の世界がある」だろう、限りがあるだろうができるだけ彼女の心を知りたいと思う…

歩こうと「思う」→意志・脳⇒神経⇒歩行、という一連の行為が一瞬のうちに行われる。その過程で何らかの「障害」が起きると「健常」な行動が制約される。
人の体の精巧さに改めて気づく。訓練を繰り返しがらできるだけ元の精巧な姿に戻る努力をする以外にないのだろう…

「障害者」を「障がい者」と表現することが多くなっている。障害者は社会にとって何らかの「害」になるという差別観がある、「害」はそういう考えにつながっている、だから「害」ではなく「がい」と表現しょう、ということなのだと思う。よく分かる…
でも、どのように表現しょうと表現者の考え方、使い方が問題なのだと思う。

今の彼女は、現在は障害を持っている、これからの努力でどこまで元の機能が回復するか分からない、その結果として、「障害者」でも「障がい者」でもどちらでもよい、彼女は彼女なのだから。

残りの人生は少ないが、それでもまだ二人の人生はある…

26日(日) 楽しむ 

昨夜は、関係する団体の集会があり、その後の交流会(立食パーティ)にも参加した。よく飲み、よく食べた。楽しい夜だった。
今日も午後に集会があり、夕方から交流のためのバーベーキューの飲み会があった。これにも参加した。二日続けての飲み会だ。面白い夜だった。

ただ、今夜の帰路、酔っ払い運転のせいで二度転倒した。怪我をする程ではないが危険なことには変わりがない。今この身に何かがあったら夫婦共倒れ…の状況なのに、自覚が乏しい…反省…

自分だけが楽しんで彼女に悪い、という風に考えないことにした。彼女はそんな考えをとっても嫌う。それに、私が元気ことが彼女を元気づける、と誰かが指摘してくれた。その考えを採用しよう?

27日(月) 空気 
 ひとりの生活にだいぶん慣れてきた。と言っても「鬼?の居ぬ間に命の洗濯」なんてものではない。「連れ合い」が旅行などに出かけている束の間の独身生活ならそういうこともあるだろ。独身生活をおおいに楽しむこともありだが。

考えてみれば、生まれてこの方ひとりで生活するのは初めての経験だ。親との生活から結婚生活、今に至る。この歳になって文字通りの「一人の生活」だ。ただ楽しむ余裕はない。今は家事、炊事、雑事など、時間に追われ、というより心にゆとりがないだけのことなのだと思う…

慣れたといっても、例えば夜中にテレビを見ていて、コマーシャルなどで突如音量が大きくなった時など、彼女が目が覚めるといけないと、慌てて彼女の(この前まで)寝ていたところに視線を走らせて、彼女がいないことに気付くようなことがいまだにある。
遅くまでパソコンで作業をしていると、「まだやっているの」との声が背後から聞こえてくるような気配を感じることがある。

彼女は、病院生活に慣れてきたと言えるが、一人の生活に慣れた、という言い方は適切ではない。
彼女は随分と落ち着いてきたようだ。すくなくともそう見える。入院生活もそれなりに順調、リハビリもそれなりに進んでいる。

空気のような存在とよく聞くが、ひとりに慣れたといっても、私の周りにはまだ彼女が入院する前の濃厚な空気が漂っている。その変わらない空気の中で今も生活している…

28日(火) 一歩前進
 今日は久しぶりに夕食時に病院に行った。この一週間は夜に会議など行動、行事などがあり、夜に病院に戻れなかった。
これからの当分続く入院生活における二人の生活を考えると、これが二人の生活の基本的なスタイルだ。これを基本に生活のリズムを作っていこうと思う。

これも彼女が、今までよりもごくごく少しだけだが、日常生活の動作ができ始めているからだ。車椅子への移乗・移動、左手だけだが介護なしでの食事など、私が介護することはないぐらいになってきている。

二人の生活が、また一歩(半歩か)は進んだということなのだろう…

29日(水) 土いじり

妻が作った「花壇」で、梅の花が咲いている。八分咲きぐらいだ。春はもうそこまで来ている。
「花壇」といっても、猫の額ほどのささやかなものだ。土いじりが好きな彼女が、駐車スペースの一部にレンガを組んでセメントで固めて土を入れて"造園"したものだ。彼女のささやかな楽しみだ。四季折々の花を咲かせいてる。今は水仙も咲いている。

病室にいる彼女の心が時々この花壇に飛んでいく。今、咲いている花々をカメラで写し病室に持っていく。
彼女が帰ってくるまで枯らせてはいけないと思っているのだが、花作りは全くの門外漢だ、自信がない。

彼女は何でも自分でやってのける。たぶん普通の女性ならば男に頼むであろう事がら、力仕事でもやってしまう。いつも大したものだと感心している。この花壇も一人で材料をそろえ作ったものだ。
彼女は本当に「自立した人間」だとひそかに尊敬の念を持っている…

土いじりができるぐらいまで回復できたら、というよりも土いじりがリハビリになるのでは、とも思っている。これからもこの花壇をどこまで作り続けることができるだろうか…

ひとり者の弁当
2月25日(土) 痘苗と竹輪の煮物

ひとり分のつもりで作っても残ってしまう。

《上》 痘苗と竹輪の煮物。自家製イカの塩辛。だし取り後のかつお削り節醤油漬け。
《下》 牛肉とゴボウの炒め物(昨日の残り)。エノキ茸とキャベツの卵とじ(昨日の残り物を卵でとじた)
自家製漬物。伊予かん。

26日(日) 冷凍保存を使う

《右》 鶏照焼き(冷凍保存)。菊菜のお浸し。自家製漬物。リンゴ。
《左》 自家製ふりかけ。昆布巻(冷凍保存)。田作り(ごまめ)。エノキ茸の佃煮。

※エノキ茸をひとパック買って、炒め物と佃煮にした。

27日(月)セロリのチーズ炒め

《上》 セロリのチーズ炒め。塩昆布。
《下》 塩鮭。春菊のお浸し。松前づけ。セロリの糠漬け。黒豆煮(冷凍保存・妻の手作り)。


28日(火) 麻婆豆腐
久しぶりに作った。結構作り方を忘れているが、作り始めると思いだしてくるものだ。


《上》 手羽元のから揚げ(冷凍保存)。キヌサヤの塩煮。返りチリメン。
《下》 麻婆豆腐。自家製漬物と野沢菜漬け(市販)。みかん。

※麻婆豆腐
①豆腐(絹ごしが好きだ)を茹でてから水切りし、小さく(横8切、縦4切ぐらい)切る。 ②鶏がらスープに赤味噌、酒、ミリン、砂糖を混ぜておく。 ③合挽き・ひき肉を、透明の脂が出るまで炒める。  ④同じ鍋の端で豆板醤と生姜みじん切りを炒め、ひき肉と混ぜ合わせる。 ⑤②のスープ、①の豆腐を加えて煮る。(炒めるのではない)⑥水溶き片栗粉でとろみをつける(とろみが解けないように、よく火を通す)。   注 赤味噌でなく、甜麺醤でもよい。

29日(水) ブリ大根


《右》ブリ大根。春菊の桜えび和え。自家製漬物。バナナ。
《左》辛子明太子。カリカリ梅。ジャコせんべい揚げ(山口県・萩)。島ラッキョのおかか和え

※ブリ大根
①大根を乱切りし、茹でておく。②ブリのあらは、血をきれいに洗い落とし(古い歯ブラシを使って)、湯通しする。③湯に①と②を入れ。酒、ミリン、砂糖、塩、醤油で味をつけて弱火で煮る。④味がよく浸み込んだら火を止め冷ます。

※島ラッキョは今年初物、沖縄の野菜だ。本土で出回るのはこれからほんの短い期間。
強い香りと辛み、シャキシャキした食感が特徴。
結構手間がかかる。
水洗いし、青い茎と根を切って、表面の薄皮を剥く。
今回は、それを半分は塩漬け、残り半分を、鰹節をかけて醤油味で食べた。
生で醤油をかけて食べるのが一番好きだ。