2012年4月25日水曜日

4月6日~12日 文字を取り戻す/ひとり者の弁当

4月6日(金) 自立が見える?
昨日の「面談」のとき渡された「リハビリテーション総合実施計画」の「退院時に(到達を)想定している"目標と条件"」を見ていると、日常生活動作についての項目、たとえば食事、更衣、トイレ、排便コントロール、移動、階段や記憶など18項目と、心身機能・構造に関する項目、たとえば寝返り、立位保持、歩行など6項目、合計24項目のうち浴槽・シャワーのみ『監視』になっている以外はすべて『自立』になっている。ただ階段には手すり、歩行は杖と装具が条件になっている。

これから見ると、退院時には、日常生活がほぼ自立していることになる。玄関先と階段と風呂場に手すりがあれば生活ができそうだ。
ただ右手首と指がどこまで回復しているのかは不明だが…家事を私が引き受ければ日常生活は何とかなりそうだ…
前回の面談で医師は、家の中では、装具なし、外出時は装具をつけての歩行を目指すと言っていたので、外出もできるし、希望が膨らむ……しかし自戒、自戒

気を緩めることなく頑張りぬこう。

4月7日(土) テレビ
昨日から「花冷え」が続く。今季最後の冷気だろうか、今年は春の訪れが遅い。寒い期間が長く続くとこちらの身がもたない。そろそろ寒さに耐えるのにも限界にきている。
春よ早く来い。彼女にも…自立へ道が見え始めている…春よ来い。

彼女は、テレビを見過ぎているのだろうかと気にしている。見るのにカードを購入しなければならないこともあるからだろう。
でもそれは仕方がないことだ。長い一日、限られた自由の中でどのように時間を過ごせばよいというのか。
リハビリで疲れた体、眠るか読書かテレビを見るぐらいだろうと思う。
もしも私なら、やはり同じことをしていると思う。

当面は、リハビリに全力を挙ることが彼女の仕事だ…

4月8日(日) 来春は
東京方面の桜は満開だとか、関西はまだこれからだ。昨日の報道では、たとえば夙川公園はまだ三分咲きだった
でも花見に行こうかなぁと迷っていた…寒さに引きこもっていた心身が飛び出せと囁きはじめている…
迷っていると彼女が、行ったらと勧めてくれる…

思い切って、午後から夙川公園に花見に出かけることにした。すごい人出だった。見た目には満開のようだが、観光協会の人に聞くと五分咲きだとか。
久しぶりの郊外だ、やはり家にいるよりも良い。仲間とワイワイと行くのも楽しいがこうして一人で出かけるのも悪くない、ひとりで出かけるのは元々嫌いではないのだ。

でも正直、物足りなくも感じる。
来春は二人で来よう、満開の時に…

4月9日(月) 外出
今日、妻は、花見?に行った。歩行訓練のため近くの小学校の校庭に咲いている桜が見えところまで外出したとのことだ。桜は人々を陽気にする。彼女の心もいくらかは晴れただろうか。

これからは春本番、暖かい日が続くだろうから、外出が増えるだろう。
素人の考えだが、どんどん外出し、凸凹の道にも慣れることも必要だ、日常に戻る準備だ。

当面は、外泊へと繋げていくことが目標にになるのだろう…

4月10日(火) 多彩なリハビリ 1
今日のリハビリは、「腹筋」で、リハビリというよりどちらかというと「スポーツジムの訓練」の趣だったようだ。
体幹を鍛えることは手足の動きにつながっているということなのだろう。

少しづづ回復しているのでそれほどは心配はしていないのだが、リハビリはどこまで体系的、系統的に行われているのか知りたいと思う。専門的な知識がない私(たち)が分かるかどうかという問題はあるが…

4月11日(水) 多彩なリハビリ 2
正式にどのように呼ばれているリハビリなのか知らないが、今日は「自転車のペタル踏み」だった。5分も踏むとへとへとに疲れるとのことだ。
やはりまだ右足には力が入らない、と言っていた。

リハビリ室に見学に行くと、実に様々なリハビリが行われている。身体全身、各部位に対して多様なリハビリが施されている。

多くの療養士が指導にあっている。特にこの時期は新入の見習いの療養士もいるので、リハビリ室は活気に満ちている。高齢の患者の中を、若い男女の療養士が活発に動き回っている。
彼ら彼女らのおかげで多くの患者が救われているのは確かだが、患者が若い療養士に「先生」と言っているのには、抵抗を感じるが…

理学療養士は若い人の仕事の一つになっているのだろう…

4月12日(木) 文字を取り戻す
左手でサインの練習をしようか、と言っていた。右手がどこまで回復できるかが分からないので、その必要もあると思う。
彼女の文字は上手い方に属すると思うが、残念だがそれを取り戻すには年の単位が必要だと思う。それでも可能かどうか…
当面はまず左手によって「文字」を「取り戻す」ことから始めるしかないのかもしれない。

既に食事や排せつや入浴などは実践していることだが、今後も、今まで当たり前だった日常の様々な行為や行動・営みの大部分を一から新たにやり直す、構築することから始めることになるのだろと思う。

新生児が大人になっていく過程をたどっていくことだと思えばよいのだと考えているのだが…


ひとり者の弁当
4月6日 土筆(つくし)とレバニラ炒め




《右》 レバニラ。自家製漬物(キャベツ塩漬け、胡瓜糠漬け、他)。パイナップル。
《左》 チリメン飯、自家製カリカリ梅。竹輪のオクラ詰め。土筆のバター炒め。

※①レバーは食べやすい大きさに切り血の塊があれば取り除き、塩水で洗い水に漬けて血抜きを 
し、水分を拭き、酒と生姜汁に10分以上漬けておく。(妻は牛乳に漬けておく)
②レバーの水気を取り、片栗粉をまぶし、フライパンに油をひき、焼くように炒めて、取り出しておく。③豆板醤、もやしを炒めレバーを戻し、ニラを加え、塩胡椒をして、醤油を回しいれた仕上げる。

※竹輪に詰めているオクラは、味付けて煮ている。

※少し季節的には遅かったが、藻川の土手で土筆を取り、バター炒めにした。塩胡椒で味付。
土筆は袴を取るのが面倒だが、春を迎えるにはあたって一度は食べたかった。
それが実現した。満足。


4月7日 蝦夷鹿肉のカレ煮(缶詰)

《右》 インゲンの練りごま和え。オクラの煮物。鶏皮の煮物。自家製漬物。イチゴ(冷凍=出発間際に弁当箱へ、食べる時にシャーベット状になっている)
《左》 いかなごの釘煮。蝦夷鹿肉カレー煮(缶詰/友人の土産 )。キャベツの塩漬け。


4月8日 再び葉ゴボウ


《右》 塩鮭。小松菜と揚げのたいたん。自家製漬物(竹の子の梅酢漬け他)。パイナップル。
《左》 自家製ふりかけ飯。葉ゴボウ。

※いりこだしで小松菜と薄揚げを炊いた。
※葉ゴボウは旬の食材。若ゴボウともいう。(3月19日の弁当でレシピは書いたので省略。鶏肉の代わりに下処理した鶏皮を使った。) 今季はもう一回は食べるかも…

4月9日 煮魚・カラスカレイ


《上》 返りチリメン。出汁巻玉子。胡瓜もみ(鶏皮)
《下》カラスカレイとカブの煮物。自家製漬物(ラディッシュの浅漬け他)。むき甘栗。

※チリメンジャコや返りチリメンをよく使う。何故「返りチリメン」というのか調べてみると、
チリメンジャコはカタクチイワシの稚魚で、それが親魚の体系に変態する(親魚と同じ体型、うろ  
こ)⇒親の形に「返り」からきているとのことだ。 

4月10日 コンビーフン


《上》 コンビーフンと小松菜の炒め物。千切り大根の煮物。醤油かつお飯。
《下》 おでん。マンゴーゼリー。自家製漬物(白ラディシュの浅漬け他)

※缶詰をストックしている中に、コンビーフンがあったので小松菜と炒めた。味付けは一切していない。コンビーフンの味だけだ。
※千切りダイコンは煮干しと、薄揚げで煮た。煮干しはそのまま食べるので、頭と内臓はとってから入れた。

※ おでんは、市販のもので、一袋200円足らずだったと思う。ストックしている中にあった。

4月11日 鮭のハラス


《右》 車麩と白菜、大根葉のクルマエビ煮。千切り大根の酢の物。ゴボウきんぴら。自家製漬物。
ミカン。
《左》 自家製ゆかり。鮭のハラス。大根葉のチリメン炒め。


※昔ハラスを初めて食べた時その旨さに衝撃を受けた。少し値が張るのでたまにしか食べない。それが安く売られていた。鮭のハラスではないのでは…、少なくとも天然物ではないと思いつつ買った。
魚脂がのっていてプリプリの身だ。
鮭を裁割する際、腹の真ん中を縦に切腹するが。その腹の部分をカマの部分から下部へ細身に切り落としたもので、1匹の鮭から、たった2本しかとれない貴重な部位で、まぐろでいえばトロ身とも言われている。

4月12日 ローストビーフ風と春野菜


《右》 ローストビーフ風。春野菜(春玉葱、春キャベツ)炒め。自家製漬物。イチゴ。
《左》 チリメン飯。カリカリ梅。焼き餃子(市販)。菊菜のハム巻。

※冷凍室に眠っていた牛モモ肉ブロックで、なんちゃってローストビーフを作ってみた。
解凍して(次の※を参照)、①塩胡椒、蜂蜜、練りからし(チューブ)をすり込みしばらく置いておく。
②フライパンで四面に焼き色を付ける。③酒、ミリン、醤油を加えてからめる。④火を止め、蓋をして余熱で1時間以上おいておく。⑤スライスして煮汁をかける。


※解凍は、肉を(他の食材でも)密閉できる袋に入れて、氷水の中で解凍すればよいと、テレビでやっていたので、それ以来その方法で解凍している。
確かに、自然解凍よりも、元に近い気がする。

※春キャベツ、春玉葱は旨い。








2012年4月7日土曜日

3月30日~4月5日 料理男子と手首と指と/鰯といかと鶏と牡蠣

3月30日(金) 広がる自由
病院に行くと、何時もベットの傍に夜の移動用に置いてあった「車椅子」がなくなっていた。
妻が、嬉しそうに「杖を自由に使えるようになったので、車椅子は返した」と教えてくれた。

起床から消灯までは「見守り」がなくなり、ひとりでの移動は自由になったのだ。
昨日までは17時までは杖で移動は許可されていたが、夜は車椅子での移動だった。
それが今日からは時間が延長されて、消灯までが自由になった。
6:30~21:00までは、好きな時に自分の意志で病棟内なら自由に移動ができるようになったのだ。

完全開放まではあと少し、「良かったやん」と言うとニコッとしていた。

行動の自由は心の自由に、行動の広がりは心の広がりに繋がる…

31日(土) 料理男子
次男の家族と夕食を共にした。しばらく「回転寿司」に行っていないので、久しぶりに行ってもいいかな、と考えていたのだがやはり家で作ることにした。麻婆豆腐と鶏肉のカリカリ焼き(あまりカリカリにならなかっが)を作った。

友人たちが料理を作る私に、「まめだなぁ」と言うが、上手くはないが料理を作るのはあまり苦にならない。正式に料理を習ったわけでもなし、レパートリーが多いわけでもないが、自己流に作って楽しんでいる。
ひとりで食べて「わびしいなぁ」ともよく言われる。「外食にしたら」とも言われる。
しかし私はそうは思わい。飲食店で一人で食べている自分の姿を想像してみるとその方がよっぽどわびしく感じる。自分で好きなものを好きなように作って食べる方が、よっぽど楽しい。

妻の発症時、当時は悲痛な気持でこのブログに、毎日料理をすることが、妻の闘病生活を支える~共に闘う私の決意だ、と記したことがあるが、今考えるとそんな悲壮な思いをしていたことが滑稽に思える。
闘いの決意なんて大げさなものではなく、料理を作る楽しみが私を支えていることに気付く。
外食しかできなかったらと考えると、生活が味気なく、わびしいさに耐えれていかどうか…
本当によくも「料理男子」になっていて「よかった」と密かに思っている。

私の料理の「先生」は妻だ。その料理が今の私を元気づけている…

4月1日(日) 逆境に負けない女
妻が旅行に行く夢を見た。荷物を整理してバックに詰めて、元気に出ていく妻の夢だ。
夢に出てきたのは手足は不自由ではない時の妻だ。
この先現実にはどうなっているか分からないが、 退院して落ち着いたらまた一緒に外出しょう。

昨日嫁が、「お母さんは強い。お母さんだからあそこまで回復できたのだ」と言っていたが、私も同感だ。私だったら立ち直るまでには、もっと長い時間が必要だったかもしれない…
本当に彼女は、逆鏡に強いと思う。若いころから家を出て、ひとりで生活し、様々な困難を乗り越えてきた彼女の歴史が、今の彼女を作り上げてきていることを改めて思う。

最近は「大阪のおばちゃん」にもなって、少々のことには動じないこともプラスになっている気がするが、逆境に負けない彼女が私たちを元気づけている。

4月2日(月) 自立に向かって
療養士が「階段を昇降できるようになることを目指す」と言っていたとのことだ。そうなれば嬉しいのだが、楽天的に考えることはできない。でも今のまま順調にいけば何とかなりそうな気もするが…

入浴日が週 2 回ある。前日にバスタオルやパジャマや洗剤などを準備しひとまとめにしておく。今までは私が準備していた。
今日はその日だったが、彼女から「自分で準備したから、(雨も激しいから)来なくてもよい」との電話があった。
「え! 自分で準備した?」「これぐらいできるよ」

風呂の用意は自分でした。それぐらいできるようになった。生活の自立に少しづづだが確実に近付いている。

4月3日(火) 2ヶ月が過ぎた
発症して2ヶ月が過ぎた。短かったようでもあり長かったようでもあった。夢中で走り続けた2ヶ月だった。この間私の頭の中の8割は妻の闘病生活を支えることに集中していたように思う。
最近は、当初の悲壮感はなくなり現実を受け入れ向き合えことができるようになった。観梅にも行ったし、デパ地下にも行ったし…少し余裕が出てきている。…

彼女の周辺が、特に私が落ちこんでいては彼女を支えることができないとの思いが私を支えている。
息子たち家族も、本人からは見舞いに来なくてもよい、と言われながらもよく支えてくれている。
彼女もリハビリをがんばって続行している。
みんなの心・想いが、彼女の「闘病心」を支えているのだと思う。

今日から3か月目が始まる。

4月4日(水) 回復の実感
右足一本で立つリハビリをしたとのことだ。
完全に動けなかった右足一本で立つところまで来たのだと(まだ完全に立てないとしてもだ)感無量になる。

本人の頑張りに拍手を送りたい。
発症当時は、リハビリ投げ出さないかと心配していたが、今のところは とり越し苦労だったようだ。
順調に回復していることを本人も実感しているのだと思う。そのことがまた良い方向に働いて、リハビリにも取り組める…

今のところ、全体としてうまく循環していると思う。。

4月5日(木) 手首と指
2回目の「面談」(医師が家族に現状を説明する)があった。「足の方は順調だが腕はまだ」「トイレは自立できているが、入浴については浴槽、シャワー、衣服の着脱と身体を洗う時に少しの介助が必要」というのが現状だという説明があった。
相談員は回復の速さに驚いていた。「本人と皆さんの努力の結果だ」と言っていた。
1回目の面談と比べれば回復に向かって現在進行中だ。

足の装具を現状に合わす加工を施す必要があるかどうかの判断を、医師にしてもらうため歩行状態を見てもらった。股関節や膝関節はしっかりしてきているが、まだつま先を引きずっているので、それが改善するまで今のままでいくことになった。

低周波の機器を使ってリハビリをしていたのだが、実はその機器はデモストレーション用の機器だったので、業者に機器を返した状態でこの数日は機器がなく、周波の刺激を使ったリハビリはなかった。
しかし、妻に使った結果、回復には有効だったので病院として購入することにしたとのこと。

今日その機器が納入された。
リハビリを見学した。今までは肩関節を中心にしたリハビリだったが、今日は新しい機器を使っての手首から指のリハビリだった。
現状では、自力で親指がやっと動くぐらいだったが、低周波で刺激が加わると、本人の意思に関係なく指が外にに向かって動くのだ。手首や指は内側には曲げやすいが外に向かって伸ばすのは難しいのだが、低周波で刺激されると手首、指が外に向かって曲がる~伸びようとするのだそうだ。
その周波の刺激で曲がる時に本人の「曲げよう」とする「意志」で曲げることが大切だと指摘されていた。

足と比べて回復が遅れている腕がさらに動くようになることを祈る…



ひとり者の弁当
3月31日(土) 春爛漫弁当



《上》 若竹煮。蕗味噌。竹の子・ひめかわの梅酢漬け。
《下》 鶏・チューリップのから揚げ。蕗とウドの芽てんぷら。菜の花とあさりの炒め物。みかん。

※春は「苦味を食す」
竹の子、蕗、ウドの芽、菜の花、あさりで春爛漫の弁当にした。
今年は、野草を摂りに行けなかったので買った。やはり春には、蕗などの苦味をたべたいとおもう。

※ 蕗味噌は、味噌を酒とミリンでのばし、砂糖少々を加えて炒め、湯通しして細かく切った蕗を混ぜる。(湯通しせず、生のまま刻んで混ぜる方が香りは強い)。

※竹の子の皮を剥くとき、ひめかわは残しておいて、梅酢に漬けた。

4月2日(月) 鰯といか


《右》 鰯の煮物。菜の花の蕗味噌和え。自家製漬物。キュウイ。
《左》 塩豆(市販)。自家製梅干し(半個)。イカと小芋とカボチャの煮物。パセリ。

※鰯はうるめ鰯だが、やはり真鰯の方が美味しいと思う。
※いつもならイカのを煮る時、皮を剥かないが今回は何故か剥く気になった。仕上がりの見た目には皮がついている方が美味しそうに見える。

4月4日(水) 鶏のカリカリ焼き


《右》 鶏カリカリ焼き。マカロニサラダ。自家製漬物。みかん。
《左》 チリメンジャコ。ゴボウと竹輪のきんぴらの卵焼き。アイスプラント。

※①鶏もも肉を筋切して、肉が熱い部分は切り開き、皮目にはフォークで穴を開けておく。②塩胡椒をして皮目から弱火で7~8分かけてゆっくりと焼き、反対側も焼く。③今回はパセリがあったので、細かく切り振りかけて仕上げた。
※マカロニサラダは特売で売られていたので、それに胡瓜とミニトマトを加えた。

※アイスブラントは和歌山産の産地直売で買った。篠山に出かけたとき何回か買ったが、「ソルトリーフ」という名で売られていた物だ。様々な商標で売られているようだ。
南アフリカ原産で、ごく薄い塩味がしてね表面がきらきら光っている新野菜だ。

4月5日(木) 今季最後の?牡蠣フライ


《上》 水菜の塩麹和え。ミニトマト。鰹節飯(中学時代の弁当を思い出す。好きな弁当の一つだった)
《下》 牡蠣フライ。竹の子の天ぷら。桜えびとチリメンのかき揚げ。自家製漬物。キュウイ。

※そろそろ牡蠣も終わりに近づいている。女房は牡蠣フライが好きなので、揚げて差し入れした。
  女房用はしっかりと揚げたやつ。私には生っぽいやつ、二通り揚げた