今日は、様々な要件が重なり、スケジュールが一日中詰まってしまって病院に行けなかった。
2月2日に発症して以来78日間、彼女と一日一度も会わなかったことは、初めてのことだ。
寂しがるような歳でもないのだが、何故かちょっぴり不安だった。
彼女は常日頃、毎日来なくてもいいよ、と言っているが、確かに食事も左手で自力で食べているし、トイレも自立しているし、特段介護がいる状況ではない。私がいなくてもとりあえずやっていけると思う。
でも、 会って顔を見て話す、コミニーションは必要だ。たわいもない会話だが、心のつながりを感じることは必要だと思っている。
今後は、こんな日が増えるかもしれないが、時間の取れる限り会いに行こう…
4月21日(土) 文字を書く
見舞いに来た息子が、今日は右手がよく動いていた(といってもかすかにだが)と言っていた。
手の回復は時間かかかるとの認識はあるが、どうしてもちょっとした変化に喜んでしまう。
でもまだまだ、あせらずに行こう…
左出で書いた文字を見た。正直言って読める文字もあるが、読めない文字も多い。右手の回復が当面は見込めない
パソコンの左手打ちもあるし…
書類などどうしても手書きでなければならない場合は、もちろん私が書くことになる。
今までは、外部に出す書類や、香典袋などの慶弔に関する袋など、正月の祝箸に名を書くなどは、彼女の役割だった、私に比べれば字が上手かったからだ。
いつかあの美しい文字は還ってくるのだろうか…
4月22日(日) 義兄へ伝える
今まで、彼女の郷里にいる兄や妹に、心配かけるだけだからと、発症~入院していることを知らせるのを嫌がっていた。大阪にいる妹には当初に私が知らせた(おかげで彼女に怒られたが…)が。
今日、その兄(義兄)から妻に電話があった。電話に出られない理由を隠すわけにもいかず、よい機会なので今の妻の状況を伝えた。
兄妹に知らせなかったことが私の心の負担になっていたので、いくらか肩の荷が下りほっとしている。
自分の兄妹にも知らせたくない、病人の心理は複雑だ…でも、できるだけ彼女の気持ちに寄り添おう…
4月23日(月) 一緒に食べれない
今日、この春初めてモンシロチョウが舞っているのを見た。蝶の初見だ。季節は確実に移ろいでいる。彼女が倒れたのは冬真っただ中だった。
病院の都合で部屋替えがあった。今までの部屋より二つ奥の部屋に移った。
トイレの問題らしい、妻の後に入った患者さんはトイレの近くが必要で、妻は比較的離れていても自力で行けるようだから、奥の部屋に移ったらしい。
移った先の部屋は、ベットの位置の関係や、相部屋なので他の人との関係で、今までのよう一緒に昼食(弁当)を食べれそうにない。残念だが仕方がない。
だが、妻とのコミニケーション・会話は昼の食事時しかないので、今までどおり昼食時は会いに行くことにする。
4月24日(火) 日課
朝起きて、朝刊を読んで、朝食を作って食べる。前日の夕食に作ったものがあれば残り物で済ますが、前日、酔っている時は、夕食は、作らずその日の朝食の残り物を食べる時が多い。したがって朝食を作るといっても、夕食の献立を朝に作っているようなものだ。それが弁当の副食になり、弁当を作る。
朝風呂に入る。洗濯物が溜まっていれば洗濯機を回す。風呂から上がり、洗濯物を干し、病院へ持っていく着替えを用意し、植木に水やりし、金魚に餌を与える。
そして病院へ行く。妻の昼食につきあいながら会話をし、洗濯物があれば持って帰る。夕食や明日の弁当の食材のストックがない場合は、病院の帰りにスーパーなどに寄って買い物をして一度家に戻る。
その後事務所に向かう…
夜、予定がなければ帰り、夕食を作る。昼に食材の買い出しに行けなかったときは、スーパーなどに寄ってから帰る…事務所を出る前にちょっと一杯を飲む…
これが私の一日の日課、結構忙しい…
25日(水) 一寸先は闇
最近つくづく想う。彼女に起きたことが私に起きないという保証は何もない。交通事故に遭うかもしれない。
人生何が起きるか分からないと思う。彼女が倒れてからは、一寸先は闇という思いが強くなった。
今までは、それまでの日常がそのまま延長されて、ずっと続いていくというのが当然のように生きてきた。
しかし人の一生は、明日何が起きるか分からないのだということが、今の実感だ。
しかし今私までが倒れるわけはいけない。
26日(木) 感動
肘と肩のリハビリを見学したが、全く動かなかった頃と比べればよく動くようになっている。
うつ伏せになって膝を曲げる様子も見た。
私にとって何でもない行動、意識化しなくても動く動作が、今の彼女は一つひとつ意識し、がんばってそこの神経、筋肉を動かそうとする意志を働かせなければ動かないのだ。
第三者の目から見れば、回復に向かっているのだが、本人には、その回復のスピードが遅いせいなのかあまり喜びが沸いてこないようだ。
階段を、手すりを使って4階から2階へ降りた。私には「喜び~感動」の気持ちが込み上げてくるのだが、どうも彼女には、そうでもないらしい。
心が「感動」できないほど彼女の悲しみ、苦しみが大きかったのだろう。様々な思いが彼女の心を押しつぶしているのだろうか…
「感動」する心は次の行動へつながっていくように思うのだが…
ひとり者の弁当
4月20日(金) 竹の子と鶏手羽先の煮物
主な副菜:ブリの照り焼き。ハンバーグ風。チンゲン菜のチリメン炒め
4月22日(日) 若竹煮
主な副菜: 若竹煮。ほうれん草胡麻和え。鶏みじんと卵ご飯。
4月23日(月) 竹の子ご飯と焼き竹の子
主な副菜: 焼き竹の子。ピーマンの塩こぶ和え。小松菜塩麹和え。竹の子ごはん。
4月25日(水) 焼き塩鯖
主な副菜: 焼き塩鯖。竹の子の木の芽和え。千切り大根(切り干し大根)の煮物
※木の芽和えは、茹でたほうれん草(葉先)と山椒の芽(若い葉)をすりつぶし、ゆで竹の子と和える。
4月26日(木) サンドイッチ
主な副菜:「竹の子、胡瓜、卵焼き」「胡瓜、トマト。ハム」