2012年5月11日金曜日

4月20日~26日自分の身にも起きること/弁当箱を替えてみた

420() 初めて会わなかった日
 今日は、様々な要件が重なり、スケジュールが一日中詰まってしまって病院に行けなかった。
2月2日に発症して以来78日間、彼女と一日一度も会わなかったことは、初めてのことだ。
寂しがるような歳でもないのだが、何故かちょっぴり不安だった。

 彼女は常日頃、毎日来なくてもいいよ、と言っているが、確かに食事も左手で自力で食べているし、トイレも自立しているし、特段介護がいる状況ではない。私がいなくてもとりあえずやっていけると思う。
でも、 会って顔を見て話す、コミニーションは必要だ。たわいもない会話だが、心のつながりを感じることは必要だと思っている。 

 今後は、こんな日が増えるかもしれないが、時間の取れる限り会いに行こう…

421() 文字を書く 
 見舞いに来た息子が、今日は右手がよく動いていた(といってもかすかにだが)と言っていた。 
手の回復は時間かかかるとの認識はあるが、どうしてもちょっとした変化に喜んでしまう。
でもまだまだ、あせらずに行こう…

 左出で書いた文字を見た。正直言って読める文字もあるが、読めない文字も多い。右手の回復が当面は見込めないので、今後は練習しなければならないだろうが、もっと先、退院してからでも遅くないと思う。
パソコンの左手打ちもあるし…

 書類などどうしても手書きでなければならない場合は、もちろん私が書くことになる。
今までは、外部に出す書類や、香典袋などの慶弔に関する袋など、正月の祝箸に名を書くなどは、彼女の役割だった、私に比べれば字が上手かったからだ。

いつかあの美しい文字は還ってくるのだろうか…

422() 義兄へ伝える
 今まで、彼女の郷里にいる兄や妹に、心配かけるだけだからと、発症~入院していることを知らせるのを嫌がっていた。大阪にいる妹には当初に私が知らせた(おかげで彼女に怒られたが…)が。
 今日、その兄(義兄)から妻に電話があった。電話に出られない理由を隠すわけにもいかず、よい機会なので今の妻の状況を伝えた。

 兄妹に知らせなかったことが私の心の負担になっていたので、いくらか肩の荷が下りほっとしている。

 自分の兄妹にも知らせたくない、病人の心理は複雑だ…でも、できるだけ彼女の気持ちに寄り添おう… 

4月23() 一緒に食べれない
 今日、この春初めてモンシロチョウが舞っているのを見た。蝶の初見だ。季節は確実に移ろいでいる。彼女が倒れたのは冬真っただ中だった。

 病院の都合で部屋替えがあった。今までの部屋より二つ奥の部屋に移った。
トイレの問題らしい、妻の後に入った患者さんはトイレの近くが必要で、妻は比較的離れていても自力で行けるようだから、奥の部屋に移ったらしい。
 
 

 移った先の部屋は、ベットの位置の関係や、相部屋なので他の人との関係で、今までのよう一緒に昼食(弁当)を食べれそうにない。残念だが仕方がない。

だが、妻とのコミニケーション・会話は昼の食事時しかないので、今までどおり昼食時は会いに行くことにする。
      

4月24() 日課 
 朝起きて、朝刊を読んで、朝食を作って食べる。前日の夕食に作ったものがあれば残り物で済ますが、前日、酔っている時は、夕食は、作らずその日の朝食の残り物を食べる時が多い。したがって朝食を作るといっても、夕食の献立を朝に作っているようなものだ。それが弁当の副食になり、弁当を作る。

 朝風呂に入る。洗濯物が溜まっていれば洗濯機を回す。風呂から上がり、洗濯物を干し、病院へ持っていく着替えを用意し、植木に水やりし、金魚に餌を与える。

 そして病院へ行く。妻の昼食につきあいながら会話をし、洗濯物があれば持って帰る。夕食や明日の弁当の食材のストックがない場合は、病院の帰りにスーパーなどに寄って買い物をして一度家に戻る。
その後事務所に向かう…

 夜、予定がなければ帰り、夕食を作る。昼に食材の買い出しに行けなかったときは、スーパーなどに寄ってから帰る…事務所を出る前にちょっと一杯を飲む…

 これが私の一日の日課、結構忙しい…

25() 一寸先は闇
  最近つくづく想う。彼女に起きたことが私に起きないという保証は何もない。交通事故に遭うかもしれない。 
人生何が起きるか分からないと思う。彼女が倒れてからは、一寸先は闇という思いが強くなった。
今までは、それまでの日常がそのまま延長されて、ずっと続いていくというのが当然のように生きてきた。
しかし人の一生は、明日何が起きるか分からないのだということが、今の実感だ。

しかし今私までが倒れるわけはいけない。
26() 感動 
 肘と肩のリハビリを見学したが、全く動かなかった頃と比べればよく動くようになっている。  
うつ伏せになって膝を曲げる様子も見た。
私にとって何でもない行動、意識化しなくても動く動作が、今の彼女は一つひとつ意識し、がんばってそこの神経、筋肉を動かそうとする意志を働かせなければ動かないのだ。

第三者の目から見れば、回復に向かっているのだが、本人には、その回復のスピードが遅いせいなのかあまり喜びが沸いてこないようだ。

階段を、手すりを使って4階から2階へ降りた。私には「喜び~感動」の気持ちが込み上げてくるのだが、どうも彼女には、そうでもないらしい。
心が「感動」できないほど彼女の悲しみ、苦しみが大きかったのだろう。様々な思いが彼女の心を押しつぶしているのだろうか

「感動」する心は次の行動へつながっていくように思うのだが…


ひとり者の弁当
4月20日(金) 竹の子と鶏手羽先の煮物



※弁当箱を替えてみた。次男の中学時代の弁当箱だ。
私の少年時代、当時の食糧事情がそうさせたのだろう、米など炭水化物より、副菜を多く摂るように言われていたように思う。栄養のある食材を食べろ、ということだったのだろう、そのためかどうかは不明だが、副菜を多く食べる習慣がついた。
現在は、むしろ副菜を多く食べるために、栄養過多になり、肥満や成人病の原因になっているのではないかとの思いがあり、ご飯を増やすことにした。
 

 今までより、「ご飯」を増やす、副菜を減らそうと思って弁当箱を探していたが、今までの弁当箱の総量750ccと同じぐらいの容量の弁当箱が売られていない。800cc以上かもっと少ない物しかない。
次男の中学時代の弁当箱がちょうど750ccだったので、しばらく使うことにした。
よく残しておいたものだ。

 主な副菜:竹の子と鶏手羽先、水菜の煮物 

4月21日(土) ふりの照り焼き


主な副菜:ブリの照り焼き。ハンバーグ風。チンゲン菜のチリメン炒め

4月22日(日) 若竹煮


主な副菜: 若竹煮。ほうれん草胡麻和え。鶏みじんと卵ご飯。

4月23日(月) 竹の子ご飯と焼き竹の子


主な副菜: 焼き竹の子。ピーマンの塩こぶ和え。小松菜塩麹和え。竹の子ごはん。

4月25日(水) 焼き塩鯖


主な副菜: 焼き塩鯖。竹の子の木の芽和え。千切り大根(切り干し大根)の煮物
※木の芽和えは、茹でたほうれん草(葉先)と山椒の芽(若い葉)をすりつぶし、ゆで竹の子と和える。

4月26日(木) サンドイッチ


主な副菜:「竹の子、胡瓜、卵焼き」「胡瓜、トマト。ハム」







2012年5月7日月曜日

4月13日~19日あきらめないように/ひとり者の弁当


413() 洗濯ー自立
偉そうに男の自立といってもまだまだだ。
下着やTシャツなど通常の洗濯はできるが、ウールなどの洗濯はどうしていいのか分からなかった。昔はクリーニング店に出していたのが、いつの頃からか家庭の洗濯機でできるようになったのは知っていた。彼女がいつの頃からか家の洗濯機でやっていたのには気づいていたが、自分の仕事とは思っていなかったので詳しく知ろうとはしなかった。

季節が変わり冬物を終う時期になり、冬物の洗濯が必要になった。クリーニング店に頼めば高くつくので、家で洗濯しょうと考えている。

その練習に、彼女に教えてもらって3枚洗ってみた。上手くいった。
ドライ方式があることは洗濯機に表示されているので知っていたが、専用の洗剤があること、ネットに入れることも分かった。

家事全般、妻のレベルに達するにはまだまだだ。

414() 楽観的なムード
 
  この頃、「まだ入院 している?」という質問を何回か受けた。変に深刻に思われるよりましだとは思うが、最近、楽観的なムードが広がっているように感じているが、変に楽観的になるのもどうかと思っている。
 

思ったより回復が早いことがそう思わせているのだろう。しかし一つひとつを見ると、右手はほとんど回復していないし、右足も回復したというのには程遠い状態だ。

必要以上に深刻になっていないが、本人は勿論のこと私もそんな楽観視していない。

415() うわさの広がり
 
  
 
  立て続けに3人の知人から妻の病状について聞かれた。「え!何で(妻の入院を)知っているの?」という感じだ。どのようにうわさは広がるのだろうか。知られて悪いことではないので別のどうでもよいことなのだが、不思議だ。

それだけ、私たちのことを気に掛けてくれている人が多いということでもあるのかなぁ。

416() 要介護状態区分 
  
  先日、要介護認定を申請していたが、認定結果の通知書が送られてきた。「要介護状態区分 Ⅰ」だった。
 

 認定結果通知書以外、「サービス利用の手続きについて」と「尼崎市内の居宅介護支援事業者一覧」が同封されていた。
一番知りたいこと「介護区分Ⅰ」というのはどういう状態なのか、どんなサービスが受けれるのか(詳しくはケアマネジャーに説明を受け協議して決めるように、と書かれているが)さっぱり分らない。
担当課は少し不親切だと思う。初めての経験なのだから、もう少し親切に説明してほしいと思う。

しかたがないので調べてみた。
「要介護状態」とは、身体上又は精神上の障害があるために、入浴、排せつ、食事等の日常生活における基本的な動作の全部又は一部について、常時介護を要すると見込まれる状態であり、
要介護状態には、要介護1から要介護5まで5つの要介護状態区分が設けられている、のだそうだ。

要介護区分Ⅰとは
日常生活を行う中で、入浴に関連する動作に若干の低下がみられる
・立ち上がり、両足・片足での立位保持、歩行に不安定さがみられることがある
・清潔・整容、衣類着脱、居室の掃除、薬の内服、金銭の管理等の行為のうち、最小限1つの分野で、少なくとも毎日1回は介護が必要な状態で、1~5区分のうち一番軽い状態のようだ。


そうなのか、今の彼女の状態でも軽いほうなのだ。

417()  雨天の移動
  春に三日の晴れ間なし、といわれるように、最近はよく雨が降る。本当に晴れ間は三日も続かない。

  昨年までは雨の日の移動は、妻の車で送迎してもらうことか多かったので、気づいていなかったのだろう、今年は自力で移動するようになって春の雨の多さに気付く。
最近、雨カッパを新調した。これからの雨天は自力自闘だ。

418() 杖なしの歩行 
  杖なしの歩行訓練をしていたが、やはりまだ怖いと言っていた。目標は杖なしでの歩行だ。そうなってほしいと思っている。
 

 でも、そうならなくっても、歩行に杖が必要な状態でもよいと思っている、とにかく彼女の気持ちがどうなのかが大切だ。

残りの人生を明るく生きていくことができるかどうかが大切だと思っている。

419() あきらめないように 
低周波を使ったリハビリを見学したが、右手の五指が外側に向かって動く~反るのを見た。
大変な変化だ。少しづつ少しづつ回復している。

本人は手の回復具合は不満足のようだが仕方がない。足より手の方が時間がかかるし、回復しないかもしれないと言われているし…
右手については本人の焦りというよりあきらめ感が強いように感じる。

それでも頑張ってリハビリを続けている…あきらめないように願う…

ひとり者の弁当

4月14日(土) 豚肉のピカタ


主な副菜: 豚肉のピカタ。ホタルイカと分葱の酢味噌和え。水菜のかつお削り節和え。

4月15日(日) とん平焼き


主な副菜: とん平焼き。水菜の塩昆布和え。鯵のひらき(自家製)。胡瓜の塩麹和え

4月16日(月)高野豆腐と根菜の煮物

主な副菜: 高野豆腐と根菜(大根及び葉、人参)の煮物。焼き小魚(ししゃも)。セロリの炒め物。
※高野豆腐を煮る時、何時もなにで出汁をとるのか悩むが、今回はいりこにした。アナゴと煮てもおいしい。

4月17日(火) 春野菜のベーコン炒め


主な副菜: 春野菜(玉葱、キャベツ) のベーコン炒め。ブリ塩焼き。酢蛸。

4月18日(水) アンチョビパスタ


主な副菜: アンチョビパスタ。食パン・サンドイッチ。菊菜の塩麹和え。
4月19日(木) ピーマンの肉詰め


主な副菜: ピーマンの肉詰め。チンゲン菜の炒め物。




2012年4月25日水曜日

4月6日~12日 文字を取り戻す/ひとり者の弁当

4月6日(金) 自立が見える?
昨日の「面談」のとき渡された「リハビリテーション総合実施計画」の「退院時に(到達を)想定している"目標と条件"」を見ていると、日常生活動作についての項目、たとえば食事、更衣、トイレ、排便コントロール、移動、階段や記憶など18項目と、心身機能・構造に関する項目、たとえば寝返り、立位保持、歩行など6項目、合計24項目のうち浴槽・シャワーのみ『監視』になっている以外はすべて『自立』になっている。ただ階段には手すり、歩行は杖と装具が条件になっている。

これから見ると、退院時には、日常生活がほぼ自立していることになる。玄関先と階段と風呂場に手すりがあれば生活ができそうだ。
ただ右手首と指がどこまで回復しているのかは不明だが…家事を私が引き受ければ日常生活は何とかなりそうだ…
前回の面談で医師は、家の中では、装具なし、外出時は装具をつけての歩行を目指すと言っていたので、外出もできるし、希望が膨らむ……しかし自戒、自戒

気を緩めることなく頑張りぬこう。

4月7日(土) テレビ
昨日から「花冷え」が続く。今季最後の冷気だろうか、今年は春の訪れが遅い。寒い期間が長く続くとこちらの身がもたない。そろそろ寒さに耐えるのにも限界にきている。
春よ早く来い。彼女にも…自立へ道が見え始めている…春よ来い。

彼女は、テレビを見過ぎているのだろうかと気にしている。見るのにカードを購入しなければならないこともあるからだろう。
でもそれは仕方がないことだ。長い一日、限られた自由の中でどのように時間を過ごせばよいというのか。
リハビリで疲れた体、眠るか読書かテレビを見るぐらいだろうと思う。
もしも私なら、やはり同じことをしていると思う。

当面は、リハビリに全力を挙ることが彼女の仕事だ…

4月8日(日) 来春は
東京方面の桜は満開だとか、関西はまだこれからだ。昨日の報道では、たとえば夙川公園はまだ三分咲きだった
でも花見に行こうかなぁと迷っていた…寒さに引きこもっていた心身が飛び出せと囁きはじめている…
迷っていると彼女が、行ったらと勧めてくれる…

思い切って、午後から夙川公園に花見に出かけることにした。すごい人出だった。見た目には満開のようだが、観光協会の人に聞くと五分咲きだとか。
久しぶりの郊外だ、やはり家にいるよりも良い。仲間とワイワイと行くのも楽しいがこうして一人で出かけるのも悪くない、ひとりで出かけるのは元々嫌いではないのだ。

でも正直、物足りなくも感じる。
来春は二人で来よう、満開の時に…

4月9日(月) 外出
今日、妻は、花見?に行った。歩行訓練のため近くの小学校の校庭に咲いている桜が見えところまで外出したとのことだ。桜は人々を陽気にする。彼女の心もいくらかは晴れただろうか。

これからは春本番、暖かい日が続くだろうから、外出が増えるだろう。
素人の考えだが、どんどん外出し、凸凹の道にも慣れることも必要だ、日常に戻る準備だ。

当面は、外泊へと繋げていくことが目標にになるのだろう…

4月10日(火) 多彩なリハビリ 1
今日のリハビリは、「腹筋」で、リハビリというよりどちらかというと「スポーツジムの訓練」の趣だったようだ。
体幹を鍛えることは手足の動きにつながっているということなのだろう。

少しづづ回復しているのでそれほどは心配はしていないのだが、リハビリはどこまで体系的、系統的に行われているのか知りたいと思う。専門的な知識がない私(たち)が分かるかどうかという問題はあるが…

4月11日(水) 多彩なリハビリ 2
正式にどのように呼ばれているリハビリなのか知らないが、今日は「自転車のペタル踏み」だった。5分も踏むとへとへとに疲れるとのことだ。
やはりまだ右足には力が入らない、と言っていた。

リハビリ室に見学に行くと、実に様々なリハビリが行われている。身体全身、各部位に対して多様なリハビリが施されている。

多くの療養士が指導にあっている。特にこの時期は新入の見習いの療養士もいるので、リハビリ室は活気に満ちている。高齢の患者の中を、若い男女の療養士が活発に動き回っている。
彼ら彼女らのおかげで多くの患者が救われているのは確かだが、患者が若い療養士に「先生」と言っているのには、抵抗を感じるが…

理学療養士は若い人の仕事の一つになっているのだろう…

4月12日(木) 文字を取り戻す
左手でサインの練習をしようか、と言っていた。右手がどこまで回復できるかが分からないので、その必要もあると思う。
彼女の文字は上手い方に属すると思うが、残念だがそれを取り戻すには年の単位が必要だと思う。それでも可能かどうか…
当面はまず左手によって「文字」を「取り戻す」ことから始めるしかないのかもしれない。

既に食事や排せつや入浴などは実践していることだが、今後も、今まで当たり前だった日常の様々な行為や行動・営みの大部分を一から新たにやり直す、構築することから始めることになるのだろと思う。

新生児が大人になっていく過程をたどっていくことだと思えばよいのだと考えているのだが…


ひとり者の弁当
4月6日 土筆(つくし)とレバニラ炒め




《右》 レバニラ。自家製漬物(キャベツ塩漬け、胡瓜糠漬け、他)。パイナップル。
《左》 チリメン飯、自家製カリカリ梅。竹輪のオクラ詰め。土筆のバター炒め。

※①レバーは食べやすい大きさに切り血の塊があれば取り除き、塩水で洗い水に漬けて血抜きを 
し、水分を拭き、酒と生姜汁に10分以上漬けておく。(妻は牛乳に漬けておく)
②レバーの水気を取り、片栗粉をまぶし、フライパンに油をひき、焼くように炒めて、取り出しておく。③豆板醤、もやしを炒めレバーを戻し、ニラを加え、塩胡椒をして、醤油を回しいれた仕上げる。

※竹輪に詰めているオクラは、味付けて煮ている。

※少し季節的には遅かったが、藻川の土手で土筆を取り、バター炒めにした。塩胡椒で味付。
土筆は袴を取るのが面倒だが、春を迎えるにはあたって一度は食べたかった。
それが実現した。満足。


4月7日 蝦夷鹿肉のカレ煮(缶詰)

《右》 インゲンの練りごま和え。オクラの煮物。鶏皮の煮物。自家製漬物。イチゴ(冷凍=出発間際に弁当箱へ、食べる時にシャーベット状になっている)
《左》 いかなごの釘煮。蝦夷鹿肉カレー煮(缶詰/友人の土産 )。キャベツの塩漬け。


4月8日 再び葉ゴボウ


《右》 塩鮭。小松菜と揚げのたいたん。自家製漬物(竹の子の梅酢漬け他)。パイナップル。
《左》 自家製ふりかけ飯。葉ゴボウ。

※いりこだしで小松菜と薄揚げを炊いた。
※葉ゴボウは旬の食材。若ゴボウともいう。(3月19日の弁当でレシピは書いたので省略。鶏肉の代わりに下処理した鶏皮を使った。) 今季はもう一回は食べるかも…

4月9日 煮魚・カラスカレイ


《上》 返りチリメン。出汁巻玉子。胡瓜もみ(鶏皮)
《下》カラスカレイとカブの煮物。自家製漬物(ラディッシュの浅漬け他)。むき甘栗。

※チリメンジャコや返りチリメンをよく使う。何故「返りチリメン」というのか調べてみると、
チリメンジャコはカタクチイワシの稚魚で、それが親魚の体系に変態する(親魚と同じ体型、うろ  
こ)⇒親の形に「返り」からきているとのことだ。 

4月10日 コンビーフン


《上》 コンビーフンと小松菜の炒め物。千切り大根の煮物。醤油かつお飯。
《下》 おでん。マンゴーゼリー。自家製漬物(白ラディシュの浅漬け他)

※缶詰をストックしている中に、コンビーフンがあったので小松菜と炒めた。味付けは一切していない。コンビーフンの味だけだ。
※千切りダイコンは煮干しと、薄揚げで煮た。煮干しはそのまま食べるので、頭と内臓はとってから入れた。

※ おでんは、市販のもので、一袋200円足らずだったと思う。ストックしている中にあった。

4月11日 鮭のハラス


《右》 車麩と白菜、大根葉のクルマエビ煮。千切り大根の酢の物。ゴボウきんぴら。自家製漬物。
ミカン。
《左》 自家製ゆかり。鮭のハラス。大根葉のチリメン炒め。


※昔ハラスを初めて食べた時その旨さに衝撃を受けた。少し値が張るのでたまにしか食べない。それが安く売られていた。鮭のハラスではないのでは…、少なくとも天然物ではないと思いつつ買った。
魚脂がのっていてプリプリの身だ。
鮭を裁割する際、腹の真ん中を縦に切腹するが。その腹の部分をカマの部分から下部へ細身に切り落としたもので、1匹の鮭から、たった2本しかとれない貴重な部位で、まぐろでいえばトロ身とも言われている。

4月12日 ローストビーフ風と春野菜


《右》 ローストビーフ風。春野菜(春玉葱、春キャベツ)炒め。自家製漬物。イチゴ。
《左》 チリメン飯。カリカリ梅。焼き餃子(市販)。菊菜のハム巻。

※冷凍室に眠っていた牛モモ肉ブロックで、なんちゃってローストビーフを作ってみた。
解凍して(次の※を参照)、①塩胡椒、蜂蜜、練りからし(チューブ)をすり込みしばらく置いておく。
②フライパンで四面に焼き色を付ける。③酒、ミリン、醤油を加えてからめる。④火を止め、蓋をして余熱で1時間以上おいておく。⑤スライスして煮汁をかける。


※解凍は、肉を(他の食材でも)密閉できる袋に入れて、氷水の中で解凍すればよいと、テレビでやっていたので、それ以来その方法で解凍している。
確かに、自然解凍よりも、元に近い気がする。

※春キャベツ、春玉葱は旨い。








2012年4月7日土曜日

3月30日~4月5日 料理男子と手首と指と/鰯といかと鶏と牡蠣

3月30日(金) 広がる自由
病院に行くと、何時もベットの傍に夜の移動用に置いてあった「車椅子」がなくなっていた。
妻が、嬉しそうに「杖を自由に使えるようになったので、車椅子は返した」と教えてくれた。

起床から消灯までは「見守り」がなくなり、ひとりでの移動は自由になったのだ。
昨日までは17時までは杖で移動は許可されていたが、夜は車椅子での移動だった。
それが今日からは時間が延長されて、消灯までが自由になった。
6:30~21:00までは、好きな時に自分の意志で病棟内なら自由に移動ができるようになったのだ。

完全開放まではあと少し、「良かったやん」と言うとニコッとしていた。

行動の自由は心の自由に、行動の広がりは心の広がりに繋がる…

31日(土) 料理男子
次男の家族と夕食を共にした。しばらく「回転寿司」に行っていないので、久しぶりに行ってもいいかな、と考えていたのだがやはり家で作ることにした。麻婆豆腐と鶏肉のカリカリ焼き(あまりカリカリにならなかっが)を作った。

友人たちが料理を作る私に、「まめだなぁ」と言うが、上手くはないが料理を作るのはあまり苦にならない。正式に料理を習ったわけでもなし、レパートリーが多いわけでもないが、自己流に作って楽しんでいる。
ひとりで食べて「わびしいなぁ」ともよく言われる。「外食にしたら」とも言われる。
しかし私はそうは思わい。飲食店で一人で食べている自分の姿を想像してみるとその方がよっぽどわびしく感じる。自分で好きなものを好きなように作って食べる方が、よっぽど楽しい。

妻の発症時、当時は悲痛な気持でこのブログに、毎日料理をすることが、妻の闘病生活を支える~共に闘う私の決意だ、と記したことがあるが、今考えるとそんな悲壮な思いをしていたことが滑稽に思える。
闘いの決意なんて大げさなものではなく、料理を作る楽しみが私を支えていることに気付く。
外食しかできなかったらと考えると、生活が味気なく、わびしいさに耐えれていかどうか…
本当によくも「料理男子」になっていて「よかった」と密かに思っている。

私の料理の「先生」は妻だ。その料理が今の私を元気づけている…

4月1日(日) 逆境に負けない女
妻が旅行に行く夢を見た。荷物を整理してバックに詰めて、元気に出ていく妻の夢だ。
夢に出てきたのは手足は不自由ではない時の妻だ。
この先現実にはどうなっているか分からないが、 退院して落ち着いたらまた一緒に外出しょう。

昨日嫁が、「お母さんは強い。お母さんだからあそこまで回復できたのだ」と言っていたが、私も同感だ。私だったら立ち直るまでには、もっと長い時間が必要だったかもしれない…
本当に彼女は、逆鏡に強いと思う。若いころから家を出て、ひとりで生活し、様々な困難を乗り越えてきた彼女の歴史が、今の彼女を作り上げてきていることを改めて思う。

最近は「大阪のおばちゃん」にもなって、少々のことには動じないこともプラスになっている気がするが、逆境に負けない彼女が私たちを元気づけている。

4月2日(月) 自立に向かって
療養士が「階段を昇降できるようになることを目指す」と言っていたとのことだ。そうなれば嬉しいのだが、楽天的に考えることはできない。でも今のまま順調にいけば何とかなりそうな気もするが…

入浴日が週 2 回ある。前日にバスタオルやパジャマや洗剤などを準備しひとまとめにしておく。今までは私が準備していた。
今日はその日だったが、彼女から「自分で準備したから、(雨も激しいから)来なくてもよい」との電話があった。
「え! 自分で準備した?」「これぐらいできるよ」

風呂の用意は自分でした。それぐらいできるようになった。生活の自立に少しづづだが確実に近付いている。

4月3日(火) 2ヶ月が過ぎた
発症して2ヶ月が過ぎた。短かったようでもあり長かったようでもあった。夢中で走り続けた2ヶ月だった。この間私の頭の中の8割は妻の闘病生活を支えることに集中していたように思う。
最近は、当初の悲壮感はなくなり現実を受け入れ向き合えことができるようになった。観梅にも行ったし、デパ地下にも行ったし…少し余裕が出てきている。…

彼女の周辺が、特に私が落ちこんでいては彼女を支えることができないとの思いが私を支えている。
息子たち家族も、本人からは見舞いに来なくてもよい、と言われながらもよく支えてくれている。
彼女もリハビリをがんばって続行している。
みんなの心・想いが、彼女の「闘病心」を支えているのだと思う。

今日から3か月目が始まる。

4月4日(水) 回復の実感
右足一本で立つリハビリをしたとのことだ。
完全に動けなかった右足一本で立つところまで来たのだと(まだ完全に立てないとしてもだ)感無量になる。

本人の頑張りに拍手を送りたい。
発症当時は、リハビリ投げ出さないかと心配していたが、今のところは とり越し苦労だったようだ。
順調に回復していることを本人も実感しているのだと思う。そのことがまた良い方向に働いて、リハビリにも取り組める…

今のところ、全体としてうまく循環していると思う。。

4月5日(木) 手首と指
2回目の「面談」(医師が家族に現状を説明する)があった。「足の方は順調だが腕はまだ」「トイレは自立できているが、入浴については浴槽、シャワー、衣服の着脱と身体を洗う時に少しの介助が必要」というのが現状だという説明があった。
相談員は回復の速さに驚いていた。「本人と皆さんの努力の結果だ」と言っていた。
1回目の面談と比べれば回復に向かって現在進行中だ。

足の装具を現状に合わす加工を施す必要があるかどうかの判断を、医師にしてもらうため歩行状態を見てもらった。股関節や膝関節はしっかりしてきているが、まだつま先を引きずっているので、それが改善するまで今のままでいくことになった。

低周波の機器を使ってリハビリをしていたのだが、実はその機器はデモストレーション用の機器だったので、業者に機器を返した状態でこの数日は機器がなく、周波の刺激を使ったリハビリはなかった。
しかし、妻に使った結果、回復には有効だったので病院として購入することにしたとのこと。

今日その機器が納入された。
リハビリを見学した。今までは肩関節を中心にしたリハビリだったが、今日は新しい機器を使っての手首から指のリハビリだった。
現状では、自力で親指がやっと動くぐらいだったが、低周波で刺激が加わると、本人の意思に関係なく指が外にに向かって動くのだ。手首や指は内側には曲げやすいが外に向かって伸ばすのは難しいのだが、低周波で刺激されると手首、指が外に向かって曲がる~伸びようとするのだそうだ。
その周波の刺激で曲がる時に本人の「曲げよう」とする「意志」で曲げることが大切だと指摘されていた。

足と比べて回復が遅れている腕がさらに動くようになることを祈る…



ひとり者の弁当
3月31日(土) 春爛漫弁当



《上》 若竹煮。蕗味噌。竹の子・ひめかわの梅酢漬け。
《下》 鶏・チューリップのから揚げ。蕗とウドの芽てんぷら。菜の花とあさりの炒め物。みかん。

※春は「苦味を食す」
竹の子、蕗、ウドの芽、菜の花、あさりで春爛漫の弁当にした。
今年は、野草を摂りに行けなかったので買った。やはり春には、蕗などの苦味をたべたいとおもう。

※ 蕗味噌は、味噌を酒とミリンでのばし、砂糖少々を加えて炒め、湯通しして細かく切った蕗を混ぜる。(湯通しせず、生のまま刻んで混ぜる方が香りは強い)。

※竹の子の皮を剥くとき、ひめかわは残しておいて、梅酢に漬けた。

4月2日(月) 鰯といか


《右》 鰯の煮物。菜の花の蕗味噌和え。自家製漬物。キュウイ。
《左》 塩豆(市販)。自家製梅干し(半個)。イカと小芋とカボチャの煮物。パセリ。

※鰯はうるめ鰯だが、やはり真鰯の方が美味しいと思う。
※いつもならイカのを煮る時、皮を剥かないが今回は何故か剥く気になった。仕上がりの見た目には皮がついている方が美味しそうに見える。

4月4日(水) 鶏のカリカリ焼き


《右》 鶏カリカリ焼き。マカロニサラダ。自家製漬物。みかん。
《左》 チリメンジャコ。ゴボウと竹輪のきんぴらの卵焼き。アイスプラント。

※①鶏もも肉を筋切して、肉が熱い部分は切り開き、皮目にはフォークで穴を開けておく。②塩胡椒をして皮目から弱火で7~8分かけてゆっくりと焼き、反対側も焼く。③今回はパセリがあったので、細かく切り振りかけて仕上げた。
※マカロニサラダは特売で売られていたので、それに胡瓜とミニトマトを加えた。

※アイスブラントは和歌山産の産地直売で買った。篠山に出かけたとき何回か買ったが、「ソルトリーフ」という名で売られていた物だ。様々な商標で売られているようだ。
南アフリカ原産で、ごく薄い塩味がしてね表面がきらきら光っている新野菜だ。

4月5日(木) 今季最後の?牡蠣フライ


《上》 水菜の塩麹和え。ミニトマト。鰹節飯(中学時代の弁当を思い出す。好きな弁当の一つだった)
《下》 牡蠣フライ。竹の子の天ぷら。桜えびとチリメンのかき揚げ。自家製漬物。キュウイ。

※そろそろ牡蠣も終わりに近づいている。女房は牡蠣フライが好きなので、揚げて差し入れした。
  女房用はしっかりと揚げたやつ。私には生っぽいやつ、二通り揚げた 




2012年3月30日金曜日

3月23日~29日見守り / 葉玉葱。鯨肉

3月23日(金) 毎日来なくても

この頃は、私もそうだが彼女も落ち着いてきているように思う。
どんなにあがこうともこの現実から逃れられないのならば、前を向いて歩くしかないのだ、という自覚が固まってきているのだろう。

 今は、昼食ぐらいは一緒に食べるように生活のパターンを組み立てている。
来月ぐらいからは、事務所に行く前に病院に寄って、弁当は以前のように事務所で食べる生活のパターン戻そうかと思っているのだが…

彼女に言うと、「用事があれば電話するから、別に毎日来なくてもよい」という。

24日(土) リハビリ

リハビリを見学した。足の動かしかた一つひとつについて、内側に力を入れて、等々指導を受けている。

リハビリテーション医療についての思想や理論・技術はどのような歴史があり進歩してきているのだろうか。

リハビリ医療の対しての診療報酬はどこまで保障さているのだろうか、経済的裏付けはリハビリ医療の進歩には必要不可欠だ。

病院の片隅にあった訓練室が、リハビリ専門の病院ができるまでになるのは、関係者の苦労、努力があったことだろうと推測できる…詳しくは知らないが10年前ぐら前にはここのような専門病院はなかったのでは…

療法士によると、体幹もしっかりしてきているとのこと。1ヶ月も前と比べると確かにそうだ。

今の妻の回復は、これまでのリハビリの進歩の「成果」のおかげだと思う。
これからもリハビリの歴史をしっかり受け止めて回復につなげなければと思う。

25日(日) 慣れ

私も参加している市民団体の阪急・塚口駅頭の宣伝活動に参加した。その駅から阪急電車に乗れば梅田に行ける。別段何か要件があったわけでもないが、なんとなくひとりで梅田に出てみたくなった。

  彼女と梅田方面に来ると、阪神百貨店、阪急百貨店のデパ地下をぶらりとして、喫茶店に行く、のがお決まりのコースになっていた。
彼女とよく行く喫茶店に入って"何時ものように"チョコレートパッフェを注文した。
前回梅田に来たときは、行く気になれなかった阪急百貨店にも、今回は行けた。

ひとりで行動することに慣れてきているな、と自分で納得している。

26日(月) 弁証法的

今日は病院近くのガソリンスタンドまで、杖で歩行した。
歩くといっても、動ける左足を一歩前へ出す、杖を突いて右足を左足の位置まで前へ出す。別の表現をすれば、「半歩」 歩く、と言うことだ。
だから歩くといっても、半歩、半歩と歩いていることになる。

彼女の「自由になる空間」は、極めて狭い。ベットとその傍にある椅子との間だけだ。
車椅子から杖に替わっても、今はまだ「杖」は「管理」されているので自由にはならない。「見守り」がなくなれば、「杖の管理」もなくなりもっと自由になれるのだろうが…

椅子も、床に椅子の位置を示す目印のテープが貼られている。移動の安全性の確保のためだ。
しかし、食事の時など少し椅子の位置をずらした方が便利な場合がある。
今日その時、なんと動けなかった右足で、「椅子を蹴って」動かした。小さい動きだったか何回も蹴っていた。

「蹴ってるやん」と聞けばば、「うん、これぐらいのこと…」と当然だと言わんばかりの返事だった。
本人にとってみればもっと前から行えるようになっていた行動なのだろうが、突然見たものにとれば大きな変化だ。

この「小さな」変化の積み重ねは、やがてもっと大きな「変化」を生み出す…

量的変化は質的変化に転化する。弁証法的発展だ。

27日(火) 見守り

今日から「見守り」がなくなったとのことだ。しかしこれで「自由」になったかと言うとそうもいかないらしい。
時間は 9 時から17 時まで、移動できる場所はこの病棟・4 階だけだ。

管理とか監視ではなく「見守り」とはうまくいったものだ。「あなたを監視します」ではなく「あなたを見守ります」と言われる方が温かく感じ、自分は自由だと思える…

病院としては、一気に解放するにはまだまだ危険だと判断しているのだろう。徐々に自由度を広げていくのは当然の処置だと思う、本人にとっては不満だろうが…

それでも精神的には重石が少しは軽くなったと思う…

28日(水) 介護認定

今日は介護認定のための尼崎市の調査があった。今すぐ介護保険を使うわけではないが、何かあれば使えるのでとりあえず認定を受けておければ、と病院から勧められたので、申請をしていた。まだ「症状」が固定したわけではないので、とりあえずの認定になる。6ヶ月後に見直されるので、それまでの等級になるのだろう。6ヶ月先にはどこまで回復しているのか…

まだまだ積み重ねる日々が続く…

29日(木) 階段リフト

退院して家に戻ってからの生活を考えいる。
今までは2階中心の生活だった。台所も2階だが風呂は1階だ。今の彼女の状態では今までどおりの2階での生活は不便で不自由なものになる。少しでも快適に暮らすことを目指すならば、台所を1階に移すなどの大改造が必要になるだろうと思っている。

彼女は、階段に「リフト」を設置してはどうかと提案している。改造よりも安くつくのだろうか。
家の改造には、尼崎市の制度で、必要が認められれば、最高100万円までの補助がつくらしいが、リフト設置にはどうだろうか?

それよりも、手すりを使ってでも自力での昇降ができるまで回復すること願っているのだが…
だめならば、当面は「リフト」ということも有りだろう。

本人はいろいろと考えるのは当然だが、まだ先の話だし、回復次第でどうなるのか分からないし、結論を出すのにはまだ時期が早いと思っている。

ひとり者の弁当
3月23日(金) 鶏肉の塩麹煮と焼きかぶら

《右》鶏肉の塩麹煮。漬物類。みかん。
《左》いかなごのくぎ煮。自家製梅干し。焼きかぶら。かぶらの葉の煮物

※ 今、流行の塩麹を使った煮物
鶏肉(冷凍庫にあったチューリップ)を一日塩麹に漬ける。その塩麹で煮る。大根、人参も加える。
調味料は一切使わず塩麹のみで煮る。美味だ。

※焼きかぶら
かぶらを櫛切りにしてフライパンで焼く。
反省として、櫛切りは、一切れの中でも厚さが違うので焼き具合が異なり歯あたりが悪い、厚さが同じになるような切り方、たとえば拍子切りなどの方が良いかもしれない。

※いかなごの釘煮
長男の嫁が作った。少し分けてもらった。
妻が元気だった昨年までは、我が家の風物詩だった。来年は復活したい。

24日(土) 冷凍庫の整理
冷凍庫を整理した。一部にすぎない。まだまだ冷凍庫にはいろいろ入っている。

《上》 エビフライ(冷凍庫)。チンゲン菜のかつお醤油和え。山椒の醤油煮(冷凍庫)
《下 》鶏肉照焼き(冷凍庫)。かぶらの葉の浅漬け。自家製漬物類(ゴーヤの塩漬け、かぶらの浅漬
け、他) 。ぶどうゼリー。

25日(日) 牛肉と葉玉葱



《右》牛肉と葉玉葱の煮物.自家製漬物類。リンゴと梅ジュースの梅の実。
《左》辛子明太子。カリカリ梅。卵煮。アスパラのごまだれ和え。

※葉玉葱
 春先の短い期間だけの旬の食材。このあたりのスーパーなどにはあまり出回っていないと思っていた。
根が大きく育つ前に葉つきのまま収穫する。間引きされた物が商品として出回っていることももあると思う。

葉の部分は香りがよく柔らかい、ビタミンが多く含まれている。
毎年、ドライブ途中に寄る郊外の「道の駅」で買っていた。食べたいなぁと妻と話していたら、なんとスーパーに売っていた。


今回は、牛肉と一緒に葉と根も煮た。その煮汁で卵も煮たが、炒めてもよいし、葉はぬたやみそ汁の具などにも使える。


26日(月) 鯵の開き


《右》 鯵の開き。アスパラの辛子明太子和え。自家製漬物(大根、白菜、オクラの糠漬。、たくあん。  
ミニトマトの塩漬け)。バナナ。
《左》 茄子と干し海老、竹輪のたいたん。チリメン。自家製梅干し(半個)。
※鯵の開きは1パックに 4 匹入っている。朝昼晩と食べてもまだ1匹残る。バナナは1房4本だ。残りの3本はどうしようか?

※茄子は今回「茄子の色」があせずにが残った。何故?茄子の種類のせいか。冬茄子?
干しエビと竹輪と炊いた。

27日(火) いかなごの稲荷詰め


《右》いかなごの稲荷詰め。焼きアスパラ。冷凍イチゴ。自家製漬物(胡瓜、ゴーヤ、人参の甘酢漬け。ほか)
《左》イカせんべい揚げ(山口県・萩の練物)。にんにくの芽のみそ炒め。鰹節飯。

※薄揚げを半分に切り、中にいかなごの釘煮とスライスチーズを詰めて焼いた。
今朝のテレビでやっていた淡路島の人のレシピを真似てみた。おかずには少し甘すぎた。

※①にんにくの芽、こんにゃく、竹輪を炒める。②味噌を酒とミリンで溶き、①に絡める。
こんにゃくと竹輪はにんにくの芽と同じ長さに切りそろえる。豚肉に変えてもよいと思う。

28日(水) 鯨肉はりはり


《右》 鯨肉はりはり。ホタルイカの酢味噌和え。自家製漬物(ゴーヤ、人参、胡瓜、ブロッコリーの芯の塩漬け、他)。みかん。
《左》 出汁巻。アイスプラント。かえりチリメン。

※鯨肉は先日阪神百貨店で買って冷凍保存していた物だ。
鰹だしで生姜の薄切りと鯨肉を煮る。あくを取り酒。ミリン、醤油で味をつけ、水菜を入れて火を止める。

鯨肉はナガスクジラだ。グラムあたり二百数十円だった。尾のみは手が出ないが、これぐらいは頑張れば買える。
私ぐらいの年の者ならば学校給食で食べた経験を持つ。戦後の食糧事情が悪い時代の日本人にとっての貴重な動物性タンパク質だった。

ひとりでは食べら切れないので、1/3 は明日に廻す。

29日(木) 鯨つくし


《右》 鯨肉の照り焼き。焼き菜の花。自家製漬物(胡瓜、ゴーヤ、人参の甘酢漬け。ほか) バナナのフリッター(皮も挙げてみた。)
《左》 桜えび。自家製カリカリ梅。鯨肉の竜田揚げ。蒸しレタスのあんかけ。


※一昨日の夕食、昨日の朝食、弁当、夕食と四度も鯨肉だったが、また1/3 が残っている。
そこで、今日の弁当のおかず、照焼きと竜田揚げにした。 


※バナナの皮を揚げたのは、テレビで台湾だったかの売店で売っていたのを見て、一度揚げてみようと思っていた。
それなりに甘くて旨かった。


2012年3月23日金曜日

3月16日~22日車椅子との別れ/ひとり者の弁当

3月16日(金)新経験
 
4階の病室から2階のリハビリ室へ、何時もなら車椅子で移動するところを、今日は杖でだが歩いて行ったとのことだ。
さらにリハビリ室でだが、4段の練習用の階段で昇降の練習をしたとのことだ。

新しい装具を装着しての新しい経験⇒新たな段階へ入ったのだろうか。

17日(土) 屋外
杖を突いて、病室がある廊下を往復し、さらに病院から外に出て、病院の敷地内だが外を歩いた。約300mぐらいだとか。昨日は病室からリハビリ室までの歩行だったのが一気に距離を伸ばした。
ついにか、やっとと言うべきか「屋外」を歩くことができた。

今日は、この病院に転医してから、2ヵ月目に入った日だ。
1ヶ月でここまで来た、このまま順調に回復することを祈る。

心配なのは、腕の方だ…うまくいかなかったら筋肉が固まり、肘と手首が曲がったままになる危険性がある…

長男が1ヵ月ぶりに帰国した。二人の息子の家族と我が家で夕食・鍋(うどんすき)を食べた。それなりに楽しいが、妻がいないのはやはりもう一つ物足りない感じがするものだ。

18日(日) 指
よく降る雨。「春に三日の晴れ間なし」とはよく言ったものだ。こんな雨の日は、何かあれば妻が送迎してくれていた。ずい分と甘えていたなぁ…

今日は、右手の親指が動いたと言って見せてくれた。随意で動くのだ。

今回の脳梗塞で、言語と意識の障害がなかったことは不幸中の幸いだった。思っていることを言葉で表現できたり考えたことを(不自由だが)行動できることは、少なくともストレスが溜まることに関しては軽減できるだろう。
そして、何よりも動こう、動かそうとする、「意志」の力は大切だと思う。

ただ意志は意欲から生まれる…

19日(月) 夢
ここで落ち込んでいるわけにはいかないという気持ちが今の私を支えている。ふと落ち込むこともあるが、希望が未来をつないでいる。
意味のない不安がボディブローのように効いてくることもある。しかしここで負けるわけにはいかないのだ、と思う…
妻の強さが私(たち)を元気づけていると思っている。彼女が元気にしている。頑張ってリハビリをしている。私よりももっと不安なのに明るい(のように振る舞っている?)ことが、私に勇気を与えてくれている。 

退院したら、回復したら(どこまでかはわからないが)、ああしょう、こうもしたいと「夢」を持つことが大切だと思っている。

当面は「外泊」。一度家に帰らせてやりたい…ささやかな「夢」

20日(火) ひとり

今日は階段の昇降の練習だったようだ。家の階段で昇り降りができるまで回復してほしいと思っているのだが…できると信じよう。無理ならば家の改造だろう…

大阪城公園へ梅を見に突然行く気になった。
毎年彼女と行っている年中行事の一つだ。気分転換にもなるだろと思ったのと、ひとりで行ったらどんな気持ちになるのか、自分を試してもみたかった。
そして何よりも、梅園を写真にとって見せてやりたい思ったので写真を撮りまくった。

ひとりで行くこともできたし、思ったほど「寂しい」気持ちにはならなかった。梅の華やかさに紛れたのかもしれない…
「ひとりでいる」ことに、慣れ始めているのかもしれない…

21日(水) ありがとう、そしてさようなら

今日からは、移動手段が車椅子から「杖(四足)」に替わった。1週間は、移動時には看護士の「見守り」がつくが、気持ちもさらに明るくなるだろう。
療法士から、車椅子で近くのスーパーへ行くこともよい、と言われた。

回復に向かっての新たな場面への転換だ。

車椅子さん、ありがとう、そしてさようなら…

22日(木) 外へ出る

今日はさらに舞台が展開した。杖で病院の敷地を出で外を歩いた。まだまだ杖を突いてゆっくりと一歩づづしか進めないが、自立への一歩には違いない。

これからは、気候もよくなるし、外を歩く距離も伸びることだろう。この道は夢へと続け…


ひとり者の弁当
3月16日(金) 椎茸のマヨ味噌焼き


《上》 椎茸のマヨ味噌焼き。豆苗と煮干しの煮物。チリメンジャコ
《下》 八宝菜風。漬物類(生姜の甘酢漬け他)。トマト。

※椎茸の軸を取り、そのあとにマヨネーズと味噌を混ぜて塗り、焼いた。
※煮干しの頭とはらわたを取り除き湯に入れて、出汁をとり(煮干しは取り除かず)酒とミリン、醤油で味をつけて、その中に豆苗を加えて煮た。

※八宝菜風は、昨夜の残り物。昨夜の夕飯は、長崎皿うどんだった。その具の残り物だ。
チンゲン菜が数日前に買ったままだったので、白菜の代わりに使った。
玉葱、人参、椎茸、エノキ、筍(水煮)、竹輪、イカ、海老(片栗粉をまぶしておく)、豚肉、が入っている。

19日(月) イワシのかば焼きと葉ゴボウ

《上》葉ゴボウの炒め煮。若布と筍の煮物(若竹煮)。自家製漬物類。イチゴ

《下》イワシの蒲焼。卵のトマト炒め。菊菜のお浸し。


※葉ゴボウは旬の食材だ。これから一ヶ月ぐらいしか食べれない。
①根と茎と葉に切り分ける。根は皮を剥く。茎とともに一口大に切る。②鶏肉も一口大に切る。③鍋に油をひき、鶏肉を炒める。④根と茎を加えて炒める。⑤水を加え鶏がらスープ(顆粒)、酒、ミリン、醤油で味を整える。

葉は、別に使う。苦みがあるので、重曹を入れてゆがく(苦いのかいいのなら湯のみで)。水にはなち、熱を取る。
そのままお浸しにしたり、あ゛をつけて煮たりする。

※イワシの頭を落とし、手開きする。小麦粉をまぶすが今回はそのまま焼いた。
砂糖醤油をからませて仕上げる。





20日(火) ゴーヤと豚肉のてんぷら


《右》 ゴーヤと豚肉のてんぷら。自家製漬物(らっきょ、胡瓜と人参の塩漬け、たくわん)。イチゴ。
《左》スクランブルエッグ。竹の子の土佐煮風。菊菜のジャコ和え。

※ゴーヤと豚肉のかき揚げ風てんぷらにした。

※筍は、昨日の若竹煮の残り物に、鰹節をまぶして、土佐煮風にして目先を変えた。


21日(水)牛肉・ステーキと かぶらの葉


《右》 ステーキとチンゲン菜。自家製漬物。リンゴ。
《左》 かぶらの葉と薄揚げのたいたん(煮干しもそのまま食べる)。チリメン入り炒り卵。
菜っ葉飯(かぶらの葉)

※貧乏人にとっては「清水の舞台から…」だ。200g1860円のステーキ用牛肉だ。実は半額セールだったのと、今はひとり身なのでたまには少し贅沢をしてみようと買った。独身を楽しむ?ほどの余裕はないのだが……柔らくて旨い、値だけのことはある…高くて旨いのは当たり前だ。




2012年3月16日金曜日

3月12日~15日 トイレの自立~新しい装具/ジョンと塩麹

3月12日(月) トイレ
ひとりでトイレに行くことにOKが出た。また一つ空間が広がった。
食べる⇒排出する、生活する基本の基本だ。それが自分の意思どおり自由にならなかったら気持ちも晴れないだろう。

元気だった頃と比べたら、まだまだ思う通りの動きができないだろうが、トイレに行くのにも看護士の手助けを"必要=強制"されることから解放されて、自分の意思で、誰にも遠慮なく行きたい時に行ける"自由"になれたことは、心の一つの重しは取れたと思う。

動ける空間とともに心の空間も少しは広がった…


3月13日(火) 裁縫

入浴時ひとりで体を洗う時、タオルを二本つなぎ合わせ輪にしたタオルを使うので、縫ってほしいと嫁に頼んでいた。私にできる?と聞くので、ちょっと無理だと応えたが、裁縫はあまりやったことがない。
生活していく上で、大抵のことは自分でできると思っているが、裁縫は苦手だ。ボタン付けや簡単な針仕事ぐらいはできるが、タオルをつなぎ合わせるような仕事、縫えるには縫えると思うが時間もかかり出来上がりも不細工になるだろう。
大昔、ミシンを買って、練習しょうと思ったことがあるが、今は押入れの隅に眠っている。

タオルをつなぎ合わせ輪にして、左手でどのように体を洗うのかは分からないが、いろいろな工夫があるものだと感心する。長年の経験から生み出されたものだろう…

結婚して今まで、裁縫に関することは、妻に頼り切っていたことを改めて自覚する。

14日(水)  食事

今日は確定申告に行った。毎年妻が申告していた。どちらかといえば、こういうことは私の方が専門なのだが、ここ数年は彼女がやっていた。久しぶりなので面食らったが…
夫婦の役割分担と言えばそうなのだが、こういう"雑事"も彼女に頼り切っていたことになる…

今晩の夕食何にしょうかなぁ、という私のつぶやきに、いいな好きなものが食べれて、と反応した。
確かにそうだと思う。与えられた物を食べるのは楽には違いないが、食事の「楽しみ」は少ないと思う。
食べたいものを自分で決めて買い物をして、作って食器に盛る、この一連の作業が食事の楽しみ、少なくとも私はそうだ。
彼女も、そろそろ病院の給食を食べるだけでは満足できなくなってきているのだろう、本人は自覚していないかもしれないが、心の無意識の意識が、"自己で決定する"を求め始めているのかもしれない。
心の回復だ。

15日(木) 装具

今日、本人専用の足首につける装具を購入した。主治医と療法士が、今の妻の状況にあった物を選んでくれた。これからの回復の程度に合わせて、今後も改造していくものらしい。
この装具を使ってどんどん歩くように、と医者は話していた。

リハビリを見学したが、両足のつま先立ちの練習をし、そののち、杖を使わず立ち上がる練習、歩行の練習だ。
右足に重心を置くことを意識させる練習のようだった。

健常者は歩くときいちいち意識などしないが、「歩く」という動作は、つま先、足関節、膝関節、股関節、腰などの骨やそれについている筋肉、神経などが連携して生まれる動作だ。
見ていると、リハビリは、その一つ一つを分解し訓練することだということが分かる。

今後は、本人専用の装具をつけての歩行訓練が始まる。医師や療法士は、家の中では装具なし、外では装具を使ての歩行を目指すと言っていた。

当面の目的はそれでいいと思う。
私は "とりあえず" だと思っている。目的はさらにその向こうにあるのだが、無理をせずゆっくり歩む…

ひとり者の弁当
3月12日(月) 牡蠣のジョン


《上》鶏皮とカボチャの煮物(昨日の残り物)。ほうれん草の昆布茶和え。チリメンジャコ。自家製梅干
《下》牡蠣のジョン。菜の花と桜えびと鰹節炒め。自家製漬物(白菜の浅漬け他)

※鶏皮は私の弁当には、たまに出てくる食材だ。脂分が多く高カロリーの食材だ。カロリーを気にする人は食べない方がいいだろう。
しかしたまには、そんなことを気にせず旨いものを食べるのもいいだろうと思っている。
鶏皮には、ビタミンk1、 ビタミン Aが含まれている。コラーゲンも含まれているらしいが、それが肌のコラーゲンになる保証はないらしい…そんなことどうでもいい…
皮を二回茹でこぼしして脂分をとる。その皮でカボチャを煮る。酒、みりん、砂糖、塩で味をつける。

※牡蠣のジョンというよりも牡蠣のピカタだ。洗って水気を取った牡蠣に塩胡椒をして片栗粉をつけて、両面を焼く。醤油、ポン酢などお好みの味で食べる。コチュジャンを入れれば韓国風?

3月13日(火) 鰆の塩麹とポテトサラダ(マヨ抜き)


《右》鰆の塩麹焼き。ピーマンの塩昆布和え。自家製漬物。トマト。
《左》白胡麻。ポテトサラダ(マヨネーズ抜き)。小松菜と竹輪の煮物。

※今までも何回かはこの弁当に出てきたが。今流行の塩麹を使った。塩麹は既製品を使った。
鰆を一日漬けて、そのまま極弱火で焼いた。美味だ。

※ピーマンを細切りにしてレンジで加熱し、塩昆布で和えた。

※ポテトサラダは、今回マヨネーズを使っていない。ジャガイモ2個をレンジで裏返しながら7分加熱し、皮を剥いてつぶした。胡瓜、玉葱、人参、リンゴを加えて、塩胡椒で味をつけた。

14日(水) キヌサヤと干しエビの卵とじ 


《右》塩サバ。ポテトサラダ(昨日の残り物。マヨを入れて味に変化をつけた)。自家製漬物(人参の   
皮、胡瓜、白菜の塩漬け他)。イチゴ。
《左》自家製ふりかけ。キヌサヤの卵とじ。胡瓜の芽カブ和え(芽カブは既製品)。

※干しエビ(淡路産というだけで海老の名は分からない)の出汁が出てくれば、酒、ミリン、塩で味をつける。へたと筋を取ったキヌサヤを加えて軽く煮る、溶き卵でとじる。