10月22日(土) 久しぶりの出石皿そば「近又」
雨天だったが外出した。一日中家にじっとしているのは性に合わない。
但馬の小京都、出石に行くことにした。「中国自動車道」→吉川J.C.T→「舞鶴若狭道」→福知山I.C→国道9号→国道426号→出石で約3時間かかる。私は助手席で時々うたた寝だ。
目的は「出石皿そば」だ。今年は何回目だろうか。
あと一か月少々で新蕎麦の季節だ。それまで待てばいいのたが今日は珍しく時間があるので行ってみることにした。
出石では十年ぐらい前から「近又」という店に決めている。がここ2~3年ぐらい前から有名店になり、客はいつも長蛇の列だ。ここ3~4回はあまり多いので仕方なく他の店に行った。なんという店だったか覚えていないが、厨房でおばあさんたちが頑張っていた?店は美味い方に入る店だった。
今回は待つ人が数組だったので「近又」で食べることができた。ここの店主の妹さん?が尼崎に嫁いできているので何となく親近感がある。
「近又」は(多くの店がそうだが)、三たて(挽きたて、打ちたて、茹がきたて)と玄そば(そばの実)を皮ごと石臼で挽いているので、色、香り、腰の強さがある、ことを売りにしている。
私はここのそばとそばに絡む出汁、つけ汁が気に入っている。
新蕎麦が出回るころまた行きたいなぁ
出石そばの歴史≪出石そば協同組合・観光案内より≫
宝永三年(一七〇六)に出石藩主松平氏と信州上田の仙石氏がお国替えとなりました。
その際、仙石氏と供に信州から来たそば職人の技法が在来のそば打ちの技術に加えられ誕生しました。その後、出石焼きが始まり白地の小皿に盛る様式が確立されました。
今では、約50軒ものそば屋が並ぶ関西屈指のそば処として知られています。
その際、仙石氏と供に信州から来たそば職人の技法が在来のそば打ちの技術に加えられ誕生しました。その後、出石焼きが始まり白地の小皿に盛る様式が確立されました。
今では、約50軒ものそば屋が並ぶ関西屈指のそば処として知られています。
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