2012年5月11日金曜日

4月20日~26日自分の身にも起きること/弁当箱を替えてみた

420() 初めて会わなかった日
 今日は、様々な要件が重なり、スケジュールが一日中詰まってしまって病院に行けなかった。
2月2日に発症して以来78日間、彼女と一日一度も会わなかったことは、初めてのことだ。
寂しがるような歳でもないのだが、何故かちょっぴり不安だった。

 彼女は常日頃、毎日来なくてもいいよ、と言っているが、確かに食事も左手で自力で食べているし、トイレも自立しているし、特段介護がいる状況ではない。私がいなくてもとりあえずやっていけると思う。
でも、 会って顔を見て話す、コミニーションは必要だ。たわいもない会話だが、心のつながりを感じることは必要だと思っている。 

 今後は、こんな日が増えるかもしれないが、時間の取れる限り会いに行こう…

421() 文字を書く 
 見舞いに来た息子が、今日は右手がよく動いていた(といってもかすかにだが)と言っていた。 
手の回復は時間かかかるとの認識はあるが、どうしてもちょっとした変化に喜んでしまう。
でもまだまだ、あせらずに行こう…

 左出で書いた文字を見た。正直言って読める文字もあるが、読めない文字も多い。右手の回復が当面は見込めないので、今後は練習しなければならないだろうが、もっと先、退院してからでも遅くないと思う。
パソコンの左手打ちもあるし…

 書類などどうしても手書きでなければならない場合は、もちろん私が書くことになる。
今までは、外部に出す書類や、香典袋などの慶弔に関する袋など、正月の祝箸に名を書くなどは、彼女の役割だった、私に比べれば字が上手かったからだ。

いつかあの美しい文字は還ってくるのだろうか…

422() 義兄へ伝える
 今まで、彼女の郷里にいる兄や妹に、心配かけるだけだからと、発症~入院していることを知らせるのを嫌がっていた。大阪にいる妹には当初に私が知らせた(おかげで彼女に怒られたが…)が。
 今日、その兄(義兄)から妻に電話があった。電話に出られない理由を隠すわけにもいかず、よい機会なので今の妻の状況を伝えた。

 兄妹に知らせなかったことが私の心の負担になっていたので、いくらか肩の荷が下りほっとしている。

 自分の兄妹にも知らせたくない、病人の心理は複雑だ…でも、できるだけ彼女の気持ちに寄り添おう… 

4月23() 一緒に食べれない
 今日、この春初めてモンシロチョウが舞っているのを見た。蝶の初見だ。季節は確実に移ろいでいる。彼女が倒れたのは冬真っただ中だった。

 病院の都合で部屋替えがあった。今までの部屋より二つ奥の部屋に移った。
トイレの問題らしい、妻の後に入った患者さんはトイレの近くが必要で、妻は比較的離れていても自力で行けるようだから、奥の部屋に移ったらしい。
 
 

 移った先の部屋は、ベットの位置の関係や、相部屋なので他の人との関係で、今までのよう一緒に昼食(弁当)を食べれそうにない。残念だが仕方がない。

だが、妻とのコミニケーション・会話は昼の食事時しかないので、今までどおり昼食時は会いに行くことにする。
      

4月24() 日課 
 朝起きて、朝刊を読んで、朝食を作って食べる。前日の夕食に作ったものがあれば残り物で済ますが、前日、酔っている時は、夕食は、作らずその日の朝食の残り物を食べる時が多い。したがって朝食を作るといっても、夕食の献立を朝に作っているようなものだ。それが弁当の副食になり、弁当を作る。

 朝風呂に入る。洗濯物が溜まっていれば洗濯機を回す。風呂から上がり、洗濯物を干し、病院へ持っていく着替えを用意し、植木に水やりし、金魚に餌を与える。

 そして病院へ行く。妻の昼食につきあいながら会話をし、洗濯物があれば持って帰る。夕食や明日の弁当の食材のストックがない場合は、病院の帰りにスーパーなどに寄って買い物をして一度家に戻る。
その後事務所に向かう…

 夜、予定がなければ帰り、夕食を作る。昼に食材の買い出しに行けなかったときは、スーパーなどに寄ってから帰る…事務所を出る前にちょっと一杯を飲む…

 これが私の一日の日課、結構忙しい…

25() 一寸先は闇
  最近つくづく想う。彼女に起きたことが私に起きないという保証は何もない。交通事故に遭うかもしれない。 
人生何が起きるか分からないと思う。彼女が倒れてからは、一寸先は闇という思いが強くなった。
今までは、それまでの日常がそのまま延長されて、ずっと続いていくというのが当然のように生きてきた。
しかし人の一生は、明日何が起きるか分からないのだということが、今の実感だ。

しかし今私までが倒れるわけはいけない。
26() 感動 
 肘と肩のリハビリを見学したが、全く動かなかった頃と比べればよく動くようになっている。  
うつ伏せになって膝を曲げる様子も見た。
私にとって何でもない行動、意識化しなくても動く動作が、今の彼女は一つひとつ意識し、がんばってそこの神経、筋肉を動かそうとする意志を働かせなければ動かないのだ。

第三者の目から見れば、回復に向かっているのだが、本人には、その回復のスピードが遅いせいなのかあまり喜びが沸いてこないようだ。

階段を、手すりを使って4階から2階へ降りた。私には「喜び~感動」の気持ちが込み上げてくるのだが、どうも彼女には、そうでもないらしい。
心が「感動」できないほど彼女の悲しみ、苦しみが大きかったのだろう。様々な思いが彼女の心を押しつぶしているのだろうか

「感動」する心は次の行動へつながっていくように思うのだが…


ひとり者の弁当
4月20日(金) 竹の子と鶏手羽先の煮物



※弁当箱を替えてみた。次男の中学時代の弁当箱だ。
私の少年時代、当時の食糧事情がそうさせたのだろう、米など炭水化物より、副菜を多く摂るように言われていたように思う。栄養のある食材を食べろ、ということだったのだろう、そのためかどうかは不明だが、副菜を多く食べる習慣がついた。
現在は、むしろ副菜を多く食べるために、栄養過多になり、肥満や成人病の原因になっているのではないかとの思いがあり、ご飯を増やすことにした。
 

 今までより、「ご飯」を増やす、副菜を減らそうと思って弁当箱を探していたが、今までの弁当箱の総量750ccと同じぐらいの容量の弁当箱が売られていない。800cc以上かもっと少ない物しかない。
次男の中学時代の弁当箱がちょうど750ccだったので、しばらく使うことにした。
よく残しておいたものだ。

 主な副菜:竹の子と鶏手羽先、水菜の煮物 

4月21日(土) ふりの照り焼き


主な副菜:ブリの照り焼き。ハンバーグ風。チンゲン菜のチリメン炒め

4月22日(日) 若竹煮


主な副菜: 若竹煮。ほうれん草胡麻和え。鶏みじんと卵ご飯。

4月23日(月) 竹の子ご飯と焼き竹の子


主な副菜: 焼き竹の子。ピーマンの塩こぶ和え。小松菜塩麹和え。竹の子ごはん。

4月25日(水) 焼き塩鯖


主な副菜: 焼き塩鯖。竹の子の木の芽和え。千切り大根(切り干し大根)の煮物
※木の芽和えは、茹でたほうれん草(葉先)と山椒の芽(若い葉)をすりつぶし、ゆで竹の子と和える。

4月26日(木) サンドイッチ


主な副菜:「竹の子、胡瓜、卵焼き」「胡瓜、トマト。ハム」







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